弾性体シミュレーション技術|MIT開発の凸性活用手法がCG制作の未来を変える|バンクーバーで発表

[更新]2025年6月9日16:55

 - innovaTopia - (イノベトピア)

MITの研究者らが、映画やビデオゲーム向けアニメーションにおいて弾力性のあるオブジェクトの動きをより現実的にシミュレートする新技術を開発した。

MIT電気工学・コンピューターサイエンス学部の研究チームは、ゴム状や弾性材料の物理的特性を保持しながら安定性を向上させる新しいシミュレーション手法を6月6日(現地時間)に発表した。この技術は、従来の手法で発生していた不安定性や動作の鈍化、シミュレーション破綻といった問題を解決している。

研究の筆頭著者はMIT大学院生のレティシア・マットス・ダ・シルバである。共同研究者として、コロンビア大学コンピューターサイエンス助教授のシルビア・セジャン、MIT大学院生のナタリア・パチェコ・タジャ、MIT電気工学・コンピューターサイエンス学部准教授でコンピューターサイエンス・人工知能研究所(CSAIL)の幾何学的データ処理グループリーダーのジャスティン・ソロモンが参加している。

研究チームは弾性材料の変形を捉える方程式に隠された数学的構造を発見し、凸性と呼ばれる特性を活用することで一貫して正確で物理的に忠実なシミュレーションを実現した。具体的には、弾性材料の変形を伸張成分と回転成分に分解し、伸張部分が安定した最適化アルゴリズムに適した凸問題を形成することを見出した。

この手法は変分積分器と呼ばれる技術クラスの方程式を書き直すことで実現されている。従来の変分積分器は総エネルギーや運動量などの物理的特性を保持する利点があったが、効率的に解くことが困難な複雑な方程式に依存するため信頼性に欠けていた。

実験では、跳ねる形状から柔らかいキャラクターまで幅広い弾性挙動を重要な物理的特性の保持と長期間の安定性を伴ってシミュレートすることに成功した。他のシミュレーション手法では不安定な挙動や目に見える減衰が発生したのに対し、この新手法は安定性を維持した。

研究成果は2025年8月10日から14日にカナダ・バンクーバーで開催されるSIGGRAPH 2025で発表される予定である。将来的には3Dアニメーションを超えて、柔軟な靴、衣服、玩具などの実際の弾性オブジェクトの設計や、エンジニアが伸縮性オブジェクトの製造前性能探索への応用が期待されている。

この研究はMathWorksエンジニアリングフェローシップ、陸軍研究所、全米科学財団、CSAIL未来データプログラム、MIT-IBM Watson AI研究所、ウィストロン・コーポレーション、トヨタ-CSAIL共同研究センターから資金提供を受けている。

from:
 - innovaTopia - (イノベトピア)Animation technique simulates the motion of squishy objects | MIT News

【編集部解説】

今回MITが発表した弾性材料シミュレーション技術は、アニメーション業界における長年の課題に対する画期的な解決策として注目されています。従来の物理シミュレーションでは、計算速度を優先するあまり物理的な正確性が犠牲になったり、逆に精度を追求すると計算が不安定になるという根本的なジレンマが存在していました。

この技術の核心は「隠された凸性」の発見にあります。凸最適化は数学的に収束が保証されている分野で、機械学習やオペレーションズリサーチでも広く活用されています。研究チームは弾性体の変形を伸張と回転に分離し、伸張部分が凸問題として定式化できることを見出しました。これにより、従来は不安定だった変分積分器を安定化することに成功しています。

実際のアニメーション制作現場では、キャラクターの髪の毛や衣服、ゼリー状のクリーチャーなど、弾性を持つオブジェクトの表現に多大な労力が費やされています。現在主流のシミュレーション手法では、長時間のアニメーションでエネルギーが異常に減衰したり、突然破綻したりする問題が頻発しており、アニメーターは手動での調整を余儀なくされています。

この新技術が実用化されれば、映画やゲーム業界における制作効率の大幅な向上が期待できます。特に、リアルタイムレンダリングが求められるゲーム開発において、物理的に正確でありながら安定したシミュレーションが可能になることは革命的な変化をもたらすでしょう。

2025年8月にバンクーバーで開催されるSIGGRAPH 2025での発表は、この技術の業界への浸透において重要な意味を持ちます。SIGGRAPHはコンピューターグラフィックス分野で最も権威のある国際会議であり、ここで発表される技術は業界標準となる可能性が高いのです。

一方で、計算速度の面では既存の高速シミュレーション手法に劣るという制約があります。しかし、研究チームは将来的な最適化により、この問題の解決を目指しています。また、複雑な非線形ソルバーが不要になることで、実装の簡素化とメンテナンス性の向上も期待されます。

この技術の応用範囲は3Dアニメーションを超えて広がる可能性があります。製造業における製品設計、特に柔軟性を持つ素材を使用する靴や衣服、医療機器の開発において、試作前のシミュレーション精度向上は開発コストの大幅削減につながります。

長期的な視点では、この技術がメタバースやVR/AR環境における物理シミュレーションの基盤技術となる可能性があります。仮想空間でのリアルな物理表現は、ユーザー体験の質を大きく左右する要素であり、この分野での技術革新は新たなデジタル体験の創出につながるでしょう。

ただし、技術の普及には時間がかかることも予想されます。既存のワークフローとの統合や、アニメーター向けのツール開発、さらには業界標準への組み込みなど、実用化に向けた課題は少なくありません。それでも、この技術が持つポテンシャルは、デジタルコンテンツ制作の未来を大きく変える可能性を秘めています。

【用語解説】

変分積分器:物理シミュレーションにおいて、エネルギーや運動量などの物理的保存量を維持しながら時間発展を計算する数値計算手法である。従来の積分器と比較して物理的な正確性は高いが、計算の安定性に課題があった。

凸最適化:目的関数が凸関数である最適化問題を解く数学的手法である。凸問題では局所最適解が必ず大域最適解となり、収束が保証されるため、機械学習や工学分野で広く活用されている。

弾性材料シミュレーション:ゴムや布などの変形可能な材料の物理的挙動をコンピューター上で再現する技術である。アニメーションやゲーム制作において、リアルな動きを表現するために不可欠な技術となっている。

Position-Based Dynamics(PBD):弾性体シミュレーションにおける代表的な手法の一つで、位置ベースの制約を用いて物理的挙動を計算する。リアルタイム性を重視したアプリケーションで広く使用されている。

【参考リンク】

MIT(マサチューセッツ工科大学)(外部)1861年に設立されたアメリカの私立研究大学で、工学、コンピューターサイエンス、人工知能分野で世界をリードする研究機関である。

MIT CSAIL(コンピューターサイエンス・人工知能研究所)(外部)MITにおける最大の研究所で、コンピューターサイエンスと人工知能分野の世界的研究拠点である。インターネットやWorld Wide Webの技術開発に重要な役割を果たした。

SIGGRAPH 2025(外部)コンピューターグラフィックスと対話技術に関する世界最大の国際会議で、2025年8月10-14日にカナダ・バンクーバーで開催される。

MathWorks(外部)MATLABとSimulinkを主力製品とするアメリカの数学計算ソフトウェア企業である。1984年に設立され、データ解析とシミュレーション分野で業界標準のツールを提供している。

トヨタ-CSAIL共同研究センター(外部)自動運転車技術の発展を目的としたトヨタとMIT CSAILの共同研究機関である。交通事故の削減と完全自動運転技術の実現を目指している。

【編集部後記】

今回のMITの弾性体シミュレーション技術について調べていて、改めて「数学の美しさ」に感動しました。一見すると複雑で理解困難な物理現象も、適切な数学的アプローチによって突然クリアになる瞬間があります。今回の「隠された凸性」の発見は、まさにそんな瞬間だったのではないでしょうか。

特に印象的だったのは、研究チームが「古いクラスの積分器を復活させた」と述べている点です。テクノロジーの世界では、新しい技術ばかりに注目が集まりがちですが、時には過去の技術を新しい視点で見直すことで、革新的なブレイクスルーが生まれることを改めて実感しました。

SIGGRAPH 2025での発表が今から楽しみです。この技術が実際にどのようなデモンストレーションで紹介されるのか、そして業界の反応はどうなるのか。きっと会場では、多くの開発者が「これは使える!」と興奮する光景が見られることでしょう。

innovatopiaでニュースをもっと読む

投稿者アバター
乗杉 海
新しいものが大好きなゲーマー系ライターです!

読み込み中…
読み込み中…
advertisements
読み込み中…