X11復活を目指すXlibreとWayback対立、オープンソース界に政治的分裂が深刻化

[更新]2025年7月13日16:26

X11復活を目指すXlibreとWayback対立、オープンソース界に政治的分裂が深刻化 - innovaTopia - (イノベトピア)

ドイツの開発者エンリコ・ワイゲルトが2025年6月10日にX.org X11サーバーのフォークプロジェクト「Xlibre」を発表した。

ワイゲルトは2024年から数百のパッチを提出し、X.orgの最も活発な貢献者となっていたが、Red Hatの従業員により2025年6月6日にfreedesktop.orgのGitLabアカウントが削除され、140以上のマージリクエストが閉鎖された。

Xlibreは6月21日に初版25.0をリリースし、7月時点でGitHubで3,100のスター、157のフォーク、78のウォッチャーを獲得している。

Telegramチャンネルには713人が参加し、Artix LinuxやDevuanプロジェクトが支持を表明している。対抗プロジェクトとして、Alpine Linuxの開発者アリアドネ・コニルが「Wayback」ディスプレイサーバーの開発を前倒しし、Freedesktopの公式プロジェクトとなった。

From: 文献リンクThe price of software freedom is eternal politics

【編集部解説】

今回のXlibreとWaybackを巡る動きは、オープンソースソフトウェア界における企業影響力と開発者の自由を巡る深刻な対立を浮き彫りにしています。

事件の発端と経緯

2025年6月6日、ジャーナリストがXlibreフォーク計画について報じ始めた直後、Red Hatの従業員がワイゲルトのfreedesktop.orgアカウントを削除し、Gitリポジトリ、チケット、マージリクエストを一斉に消去しました。これは「全世界が聞いた銃声」とワイゲルト自身が表現した象徴的な事件でした。

ワイゲルトは2024年から精力的にX.orgに貢献し、数百のパッチを提出していました。彼の貢献にはマルチモニターサポートの改善、テストパイプラインの構築、新機能の追加などが含まれていました。しかし、彼の政治的立場と開発方針がコミュニティ内で物議を醸していたのも事実です。

Xlibre 25.0の技術的革新

2025年6月21日の夏至にリリースされたXlibre 25.0は、単なるフォークを超えた技術的革新を含んでいます。注目すべき新機能として、コンテナなど異なるセキュリティドメインのクライアントを分離する「Xnamespace Extension」があります。これは従来のXsecurityメカニズムでは対応できない現代的なセキュリティ課題への解決策です。

また、XnestのXCBへの移植により、レガシーなXlib依存関係を排除し、コードベースの保守性を向上させています。Per-ABI Driver Directoriesの実装により、複数のドライバーバージョンの共存が可能になり、ディストリビューションのアップグレードが簡素化されました。

政治的側面と開発哲学の対立

Xlibreプロジェクトの最も議論を呼ぶ側面は、その政治的立場です。プロジェクトのREADMEには「DEI(多様性、公平性、包括性)や類似の差別的政策から明示的に自由である」と明記され、意図的に空の行動規範ファイルを持っています。

これは近年のオープンソースコミュニティで重視されている包括性の理念と真っ向から対立する姿勢です。ワイゲルト自身も過去にワクチン反対の疑似科学的主張を展開し、2021年にはリーナス・トーバルズから直接叱責を受けた経緯があります。

Waybackプロジェクトの技術的アプローチ

一方、Alpine Linuxの開発者アリアドネ・コニルが主導するWaybackプロジェクトは、より技術的で建設的なアプローチを採用しています。WaybackはWaylandコンポジターを使用してX11サーバーを置き換える試みで、既存のX11デスクトップ環境をWaylandインフラストラクチャ上で動作させることを目指しています。

コニルは「ネオファシストの反動主義者グループ」という強い表現でXlibreを批判しつつも、技術的な解決策の提供に集中しています。Waybackは既にFreedesktopの公式プロジェクトとなり、X.org Foundationロゴに合わせた新しいロゴも制作されました。

企業影響力と開発者の自由

この事件の根底には、Red Hat(IBM子会社)がLinux開発に与える影響力の拡大があります。Red HatはWaylandの主要スポンサーであり、systemdの開発元でもあります。ワイゲルトは「BigTechの工作員」がX.orgプロジェクトを破壊しようとしていると主張し、これを「embrace, extend, extinguish」戦術と呼んでいます。

実際、主要なLinuxディストリビューションはWaylandへの移行を加速させており、FedoraとUbuntuは既にGNOME X11セッションの廃止を発表しています。これにより、X11の将来に対する不安が高まっています。

コミュニティの分裂と支持の拡大

政治的な議論にもかかわらず、Xlibreは着実に支持を拡大しています。GitHubでは512人の貢献者が参加し、Artix LinuxやDevuanプロジェクトが公式サポートを表明しています。特にsystemdを使用しないArtix Linuxは、Xlibreを含むテスト用ISOイメージを提供し、一般リポジトリへの移行を進めています。

一方で、Fedoraは予想通りXlibreの採用を拒否し、多くの左派系開発者が強い反発を示しています。これにより、FOSSコミュニティの政治的分裂が一層鮮明になっています。

長期的な影響と技術的展望

この状況は、オープンソースソフトウェアの「自由」という概念の複雑さを示しています。技術的な優秀さと政治的な価値観が対立した時、コミュニティはどちらを優先すべきかという根本的な問題を提起しています。

Waylandへの移行は技術的には避けられない流れですが、移行期間中の互換性確保は重要な課題です。XlibreとWaybackの両プロジェクトが、それぞれ異なるアプローチでこの課題に取り組んでいることは、技術的多様性の観点から価値があります。

今後の注目ポイント

innovaTopiaの読者の皆様には、この事件を技術と政治の交差点で起きている重要な出来事として注視していただきたいと思います。オープンソースコミュニティの成熟とともに、技術的な議論と価値観の対立がより複雑に絡み合う時代に入ったことを示す象徴的な事例と言えるでしょう。

【用語解説】

X11(X Window System)
1984年にMITで開発されたUnix系OSのグラフィカルユーザーインターフェース(GUI)システム。40年以上の歴史を持つディスプレイサーバーで、LinuxやUnixシステムのデスクトップ環境を支える基盤技術である。

Wayland
2008年に開発が始まった次世代ディスプレイプロトコル。X11の後継として設計され、セキュリティやパフォーマンスの向上を目指している。現在、主要なLinuxディストリビューションが採用を進めている。

Xnamespace Extension
Xlibre 25.0で導入された新しいセキュリティ機能。コンテナなど異なるセキュリティドメインのクライアントを分離し、相互干渉を防ぐ。従来のXsecurityメカニズムでは対応できない現代的なセキュリティ課題への解決策。

Per-ABI Driver Directories
複数のドライバーバージョンの共存を可能にする機能。ディストリビューションのアップグレード時の互換性問題を解決し、システム管理を簡素化する。

DEI(Diversity, Equity, Inclusion)
多様性、公平性、包括性を意味する概念。近年、企業や組織で重視されているが、Xlibreプロジェクトは意図的にこの方針を採用していないことを明示している。

systemd
現代のLinuxディストリビューションで広く採用されているinitシステム。Red Hatの元従業員によって開発され、従来のSysV initに代わる新しいシステム管理機能を提供している。

【参考リンク】

Xlibre(X11Libre)(外部)
X.org X11サーバーのフォークプロジェクト。ドイツの開発者エンリコ・ワイゲルトが主導し、2025年6月21日に初版25.0をリリース。

X.Org Foundation(外部)
X Window Systemのオープンソース実装を提供する非営利組織。2004年に設立され、X.Org Serverの開発を行っている。

Freedesktop.org(外部)
オープンソースのグラフィカルおよびデスクトップシステムの相互運用性と共有技術に焦点を当てたフリーソフトウェアの開発をホストしている組織。

Red Hat(外部)
1993年に設立されたアメリカのソフトウェア企業。エンタープライズ向けオープンソースソフトウェア製品を提供し、2019年にIBMに買収された。

Artix Linux(外部)
Arch Linuxベースのローリングリリースディストリビューション。systemdを使用せず、OpenRC、runit、s6などの代替initシステムを提供。

Dedoimedo(外部)
技術とソフトウェア教育、科学、芸術、ユーモアに特化したウェブサイト。詳細で正確な情報提供を使命としている。

【参考動画】

【参考記事】

Xlibre, a new fork of the X.org X11 server, announced(外部)
The RegisterによるXlibreプロジェクトの発表記事。エンリコ・ワイゲルトの背景と論争の詳細を報告。

XLibre Xserver v25.0 (Beta) Marks Official Debut(外部)
Xlibre 25.0の正式リリースについて詳細に報告した記事。新機能と技術的改善点を解説。

Meet Enrico Weigelt, the maintainer of the new XLibre fork(外部)
Xlibreのメンテナーであるエンリコ・ワイゲルトへのインタビュー記事。プロジェクトの現状と将来について質問。

【編集部後記】

今回のXlibreとWaybackの対立を見ていて、オープンソースの世界がいかに複雑で人間的なドラマに満ちているかを実感しました。技術的な優秀さと開発者の価値観や政治的立場が衝突した時、私たちはどう判断すべきでしょうか。

特に興味深いのは、同じ「自由」を掲げながら、Free SoftwareとOpen Sourceが実は正反対の思想に基づいているという点です。皆さんは、企業の影響力が強まるオープンソースの現状をどう捉えていますか?

また、Red Hatによる開発者アカウント削除事件は、オープンソースコミュニティの独立性について重要な問題を提起しています。技術の進歩と政治的な対立のバランスをどう取るべきか、ぜひ皆さんのご意見をお聞かせください。

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TaTsu
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