新しい創作時代を切り拓くクリエイターの背中を、技術と知財の両輪で支える。LOT契約によって、世界中のアーティストがより伸びやかに作品と向き合える社会基盤が一層強化され、未来の表現活動を守るための動きが加速している。
株式会社セルシスは、2025年7月4日付けで、米国のIntel Corporation(インテル・コーポレーション)とLOT契約(LICENSE ON TRANSFER AGREEMENT)を結んだ。
セルシスは創業以来、独自のノウハウと技術を活かしてクリエイターへの支援を継続し、知財戦略の観点からも開発成果を企業価値向上につなげる資産と位置づけてきた。これまでクリエイティブ分野で多数の特許を国内外で取得し、知的財産の権利化を積極的に進めている。
今回の契約により、セルシスは大量の特許を保有する世界的半導体メーカーIntel社と協力することで、今後事業の実態を持たない特許権者(NPE:Non-Practicing Entity)による不当な権利行使のリスクを低減し、知財面での安全性および安定性を高めることが期待されている。
from:セルシス、米国Intel社と特許に関するライセンス契約を締結(LOT契約) | PR TIMES
【編集部解説】
セルシスが開発する「CLIP STUDIO PAINT」 は、イラスト、マンガ、Webtoon、アニメーションを制作するためのソフトウェアとして、30年以上セルシスが自社技術にこだわって進化させてきた代表的なプロダクトです。2025年4月時点で全世界のユーザーは5,000万人を超え、80%以上が海外ユーザーとなっています。
日本国内のみならず、北米や欧州、アジア圏でも多くのプロ・アマチュアのクリエイターや教育機関にまで浸透しており、まさに世界標準のクリエイター向けツールと評価されています。機能面ではペン・ブラシ・着色ツールから多様なアニメーション・漫画支援機能、クラウド連携まで、多様なプラットフォームを横断する柔軟性が特徴です。
こうした背景には、セルシスが知財(特許)を自社の付加価値・競争力ととらえ、国内外で積極的な特許取得と権利保護を進めてきた事実があります。近年、先進的なデジタルツールを開発する競争は激化しており、知財の重要性は高まる一方です。
一方で、業界では「パテントトロール(NPE=Non-Practicing Entity)」と呼ばれる、特許だけを保有し製品やサービスを提供せず、ライセンス料や訴訟で利益を得る事業者が深刻な問題となっています。NPEは特許の買収や売却を通じてサービス企業に無関係な訴訟リスクを生じさせ、時として開発者やユーザーへの間接的な負担にも繋がります。
仮に他社やNPEから特許侵害を主張された場合、裁判の長期化や損害賠償請求が発生し、最悪の場合はサービスや製品の差し止めを迫られることがあります。このような局面では、開発リソースが訴訟対応に割かれることで本来の機能強化や不具合修正が後回しになったり、一部機能、あるいは全機能の提供を停止・限定せざるを得なくなるなどのリスクがあります。
今回のLOT(License on Transfer)契約は、こうしたNPEリスクに対する防御策です。LOT契約は、契約企業が保有している特許がNPEなど会員外に譲渡された際、他のLOT会員には自動的かつ無償で利用できるライセンスを与えるというルールです。これにより、たとえ特許が第三者へ移転しても、LOTネットワーク内の企業は訴訟や不当なライセンス請求を受けるリスクを著しく減らすことができます。
LOTネットワークには、GoogleやIBM、Microsoftなどの世界の大手IT企業やスタートアップなど5,000社以上が参加しており、今回はIntelとの締結というニュースではありますが、実際は参加企業すべてに対して同様の効力が及ぶため、セルシスの知財は強固に守られることを意味しています。
この枠組みへの加入は、セルシスのビジネスモデルだけでなく、CLIP STUDIO PAINTを利用するクリエイターや教育現場にとっても、安心して創作活動を続けられる環境を下支えします。知財トラブルや訴訟リスクが下がれば、本質的な価値である「創作活動そのもの」へリソースを集中でき、パテントトロールの標的となりやすい中小企業や個人制作者もグローバルに挑戦しやすくなります。
もちろん、LOT契約は万能ではありません。LOT外の企業や、NPE以外の訴訟リスクは引き続き存在しますし、特許の証拠力やライセンスの範囲といった契約の実務的課題もあります。また、特許を積極的に売却したい企業にとっては、LOTへの加入は売却価値の下落要因となる場合も想定されます。しかし、現代のクリエイターエコノミーにおいては「守りの知財戦略」として、参加企業が広がるほど安心感も増すことでしょう。
長期的に見れば、このようなネットワーク型特許防衛枠組みの拡大は、クリエイティブ産業全体の健全な発展やイノベーション促進につながるものと考えます。セルシスが今回LOTネットワークの強化を選んだのも、今後より多くの制作者・クリエイター・教育機関に安心してツールを使ってもらい、新しい表現やサービスを生み出すための土台作りだといえるでしょう。
【用語解説】
LOT契約(License on Transfer Agreement)
特許がNPEなど会員外に売却された場合、あらかじめ合意したLOTネットワーク内の企業は無償で利用可能となる契約。知財リスクを低減する枠組みである。
NPE(Non-Practicing Entity)
製品やサービスを提供せず、特許だけを保持し権利行使で利益を得る個人または企業。特に悪質なものはパテントトロールとも呼ばれる。
パテントトロール
NPEの一種で、特許訴訟やライセンス請求を主なビジネスとする企業の俗称。イノベーションの妨げとなることが多い。
【参考リンク】
セルシス公式サイト(外部)
CLIP STUDIO PAINTなど、デジタル創作支援ツールを提供する企業サイト。
CLIP STUDIO PAINT公式(外部)
イラスト・漫画・Webtoon・アニメ制作ソフト。世界で5,000万人以上のユーザーに利用されている。
Intel公式ページ(外部)
米国に本社を置く世界的な半導体メーカー。PC向けプロセッサやAI技術に強みを持つ。
【編集部後記】
改めて現在のクリエイターの就業実態に目を向けると、必ずしも全員が大手企業で安定した職に就いているわけではありません。デジタル領域のクリエイターにはフリーランスや個人事業主が非常に多く、中には年間の収入が200万円台に留まる層も少なくありません。雇用の持続性や収入の安定性に関する不安は、多くの調査で顕在化しています。クリエイター人口の裾野が広がる一方で、その多くを占めるのは、余裕を持ってリスクに備えられる立場ではない人々です。仮にある日突然、CLIP STUDIO PAINTのソフトや、データが使えなくなるかもしれないというリスクは極めて大きな心理的・経済的負担になるでしょう。
こうした構造の中で、知財リスクを「ネットワーク型」で減らすLOT契約の意義は、仕事目的のプロユーザーはもちろん、趣味レベルで創作を楽しむ一般ユーザーにとっても決して遠い話ではありません。CLIP STUDIO PAINTの多くのユーザーは、「趣味」と「職業」を自由に行き来する境界領域で活動しており、知財トラブルの抑制環境が無ければ新たな挑戦のハードルも上がってしまうかもしれません。
また今回のように世界的な半導体企業であるIntelの存在が絡むことで、クリップスタジオを日常的に利用しているパソコンユーザーにとっては、企業規模やブランドへの親近感、さらにはソフトウェアとハードウェアが連動して知財リスクを低減する構図が、より身近な安心感を生んでいることでしょう。
誰もが安心して筆を握れる。そんな社会を今後とも守らねばなりません。
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画像提供:セルシス