2025年7月20日に報道されたオーバーン大学(アラバマ州)の研究チームがScientific Reports誌に発表した研究によると、犬の性格がテレビ番組への反応を左右することが判明した。
研究では犬の飼い主453人を対象に調査を実施し、453頭の犬のデータを分析した。研究チームは新たに「犬テレビ視聴スケール(DTVS)」を開発し、犬のテレビ視聴行動を測定した。
調査の結果、犬の平均視聴時間は14分強であった。興奮しやすい性格の犬は画面上のオブジェクトを目で追う傾向があり、恐怖や不安を感じやすい犬はドアベルや車などの動物以外の刺激に反応する傾向があった。
グループとして、研究に含まれた犬たちは車などの無機物よりも画面上の他の動物に反応する可能性がはるかに高かった。年齢、性別、犬種、テレビへの事前接触時間は視聴習慣に影響しなかった。
研究者らは、個々の犬の気質に基づいたシェルターでのテレビ介入の適切な応用や伴侶犬のエンリッチメントツールとしての活用可能性を示唆している。
From: Your Dog May Prefer Certain TV Shows, Research Suggests
【編集部解説】
この研究は、単なる「犬がテレビを見る」という微笑ましい現象を科学的に解明しただけでなく、ヒューマン・アニマル・インタラクション(人間と動物の相互作用)という新たな研究分野の扉を開く重要な成果といえます。
研究の科学的意義と技術革新の可能性
オーバーン大学が開発した「犬テレビ視聴スケール(DTVS)」は、動物の認知能力を定量化する画期的なツールです。これまで動物の行動研究では主観的な観察に頼っていた部分が多く、再現可能な科学的データの取得が困難でした。今回の研究により、犬の視覚・聴覚処理能力と2D画像認識メカニズムが解明されつつあります。
特に注目すべきは、犬が2次元のテレビ画面上の映像を3次元空間の物体として認識している点です。これは、犬の脳内で高度な視覚処理と空間認知が行われていることを示唆しており、動物認知科学における重要な発見といえるでしょう。
ペットテック市場への波及効果
この研究成果は、急速に拡大するペットテック市場に大きなインパクトを与える可能性があります。現在、犬専用テレビチャンネル「DOGTV」が既に運営されていますが、今後は犬の性格に応じたパーソナライズドコンテンツの開発が加速するでしょう。
興奮しやすい犬向けの動的コンテンツ、不安傾向の強い犬向けの静的で安心できるプログラム、そして動物好きの犬向けの自然番組など、細分化されたコンテンツ配信が実現する可能性があります。これは、ストリーミングサービスの新たな収益源となり得る分野です。
動物福祉とシェルター運営の改善
研究結果が最も直接的な効果を発揮するのは、動物シェルターでの応用でしょう。現在、多くのシェルターで犬のストレス軽減や精神的刺激のためにテレビが活用されていますが、効果にばらつきがありました。
個々の犬の性格特性に基づいたコンテンツ選択により、シェルター環境での犬の精神的健康が大幅に改善される可能性があります。これは、里親への譲渡率向上や、長期収容による行動問題の軽減にも繋がることが期待されます。
在宅勤務時代における新たなニーズ
コロナ禍以降の在宅勤務普及により、ペットと過ごす時間が増加している現代社会において、この研究は実用的な価値を持ちます。一人で留守番をする犬に適切な刺激を提供することで、分離不安や破壊行動などの問題行動を予防できる可能性があります。
ただし、過度なテレビ視聴が犬の自然な行動パターンに与える影響については、長期的な研究が必要でしょう。
技術的課題と今後の展開
現在の研究は飼い主へのアンケート調査に基づいているため、観察バイアスの可能性を完全には排除できません。今後は、アイトラッキング技術やウェアラブルデバイスを活用した客観的な測定手法の導入が求められます。
また、犬の視覚特性(人間と異なる色覚や動体視力)を考慮したディスプレイ技術の開発も重要な課題です。これらの技術革新により、より効果的な犬向けコンテンツの制作が可能になるでしょう。
倫理的配慮と規制の必要性
動物向けメディアコンテンツの発展に伴い、適切な規制フレームワークの構築も必要となります。過度な刺激による動物へのストレス、自然な行動パターンへの影響、そして商業的利用における動物福祉の観点からの配慮が求められるでしょう。
この研究は、テクノロジーが人間だけでなく、私たちと共生する動物たちの生活の質向上にも貢献できることを示しており、「Tech for Human Evolution」の概念を動物との共進化まで拡張する可能性を秘めています。
【用語解説】
Dog Television Viewing Scale(DTVS)
}犬テレビ視聴スケール。オーバーン大学の研究チームが開発した、犬のテレビ視聴行動を科学的に測定・評価するための新しい指標。犬が画面上の動物、無機物、人間にどのような反応を示すかを評価する。
ヒューマン・アニマル・インタラクション(HAI)
人間と動物の相互作用を科学的に研究する学際的な分野。ペットセラピー、動物介在活動、伴侶動物の行動学などが含まれる。
エンリッチメント
動物の精神的・肉体的刺激を提供し、自然な行動を促進することで動物の福祉を向上させる取り組み。シェルターや動物園で積極的に導入されている。
分離不安
飼い主が不在時に犬が示す過度な不安症状。破壊行動、過剰な鳴き声、排泄の失敗などが主な症状である。
【参考リンク】
Auburn University(外部)
今回の犬のテレビ視聴研究を実施したアラバマ州の州立大学
DOGTV(外部)
世界初の犬専用テレビチャンネル。24時間放送のデジタルコンテンツを提供
Scientific Reports(Nature)
(外部)研究が掲載された国際的に権威のあるオープンアクセス科学誌
American Kennel Club(AKC)(外部)
アメリカで最も権威のある純血犬種登録団体
【参考記事】
犬はテレビを観ている 性格ごとに異なる番組の好み 研究(外部)
日本のメディアによる詳細な研究報告記事
Characterizing TV viewing habits in companion dogs – Nature(外部)
Scientific Reports誌に掲載された研究の原論文
【編集部後記】
愛犬と一緒にテレビを見ているとき、「あれ、この子何を見てるんだろう?」と感じたことはありませんか?今回の研究は、そんな何気ない日常の疑問に科学的な答えを与えてくれました。
もし愛犬がいらっしゃる方は、ぜひ観察してみてください。興奮しやすい性格なのか、それとも慎重派なのか。どんなコンテンツに反応するでしょうか?そして愛犬がいない方も、ペットテクノロジーの進化や動物認知科学の発展について考えてみていただけたら嬉しいです。
人間とテクノロジーの関係だけでなく、私たちの大切なパートナーである動物たちとの共進化も、未来を考える上で重要な視点かもしれませんね。皆さんはどう思われますか?