欧州宇宙機関(ESA)は2025年7月1日、欧州ランチャーチャレンジ(ELC)の第1段階を完了し、5社を事前選定したと発表した。
選定されたのはIsar Aerospace、Rocket Factory Augsburg(RFA)、PLD Space、MaiaSpace、Orbital Express Launch(Orbex)である。各社は最大1億6900万ユーロの契約を獲得する可能性がある。
このうち3社は公の場での爆発事故を起こしていない。一方、RFAはスコットランドのシェトランド諸島SaxaVordでRFA ONEロケットの静的燃焼試験中に爆発事故を起こした。Isar Aerospaceは2025年にノルウェーのアンドーヤ宇宙港からSpectrumロケットの初回試験飛行を実施したが、打ち上げから数秒後に海に落下した。
PLD Spaceは2023年にスペインからMiura 1準軌道ロケットを打ち上げ、46キロメートルに到達後大西洋に落下した。同社のMiura 5初飛行は2026年に予定されている。OrbexのPrimeロケット初飛行も2026年に予定されている。ESAは2025年11月の閣僚級会議(CM25)で最終的な資金拠出決定を行う。契約には2026年から2030年の間のESAミッション打ち上げサービスと、2028年までの打ち上げサービス能力向上実証が含まれる。
From: ESA backs five rockets in Launcher Challenge – only some have exploded
【編集部解説】
ESAの欧州ランチャーチャレンジは、単なる技術開発競争を超えた、欧州の宇宙戦略における重要な転換点を示しています。この取り組みを理解するためには、まず現在の欧州宇宙産業が直面している構造的課題を把握する必要があります。
従来、欧州はAriane 6やVega Cといった大型・中型ロケットに依存してきましたが、小型衛星市場の急速な拡大に対応できる柔軟な打ち上げオプションが不足していました。特に、SpaceXのFalcon 9が市場を席巻する中、欧州は独自の競争力を持つ小型ロケット開発が急務となっていたのです。
プログラムの構造と評価基準
今回の事前選定では、技術的成熟度、事業の成熟度と持続可能性、対象とする機関市場、調達規則への適合性が評価基準として設定されました。12件の提案から5社が選定されたことは、ESAが質の高い候補者を厳選したことを示しています。
選定された5社の技術的アプローチは多様性に富んでいます。Isar AerospaceのSpectrumロケットは液体酸素と液体プロパンを燃料とするエンジンを搭載し、最大1,000kgのペイロードを低軌道に投入可能です。一方、OrbexのPrimeロケットは環境に配慮したバイオ燃料を使用し、CO2排出量を大幅に削減する設計となっています。
技術的失敗の意味するもの
記事で言及された「爆発」について、より詳細な分析が必要でしょう。Isar AerospaceのSpectrum初回試験では、打ち上げ数秒後に海に落下しましたが、これは宇宙開発における典型的な学習プロセスの一環です。同社CEOのDaniel Metzlerが「大成功」と表現したのは、最も困難とされる離陸に成功し、貴重な飛行データを取得できたためです。
RFAの爆発事故についても、同様の視点で捉える必要があります。SaxaVord宇宙港での静的燃焼試験中に発生した爆発は、開発過程で避けられないリスクの顕在化でした。同社共同創設者のDr Stefan Brieschenkが「映像を楽しんでください。非常に壮観で、これを生み出すのにかなりの費用がかかりました」と述べたのは、失敗を前向きに捉える宇宙業界の文化を表しています。
地政学的背景と戦略的意義
このプログラムの真の意義は、地政学的な文脈で理解する必要があります。ロシアのウクライナ侵攻以降、欧州は宇宙アクセスにおける戦略的自律性の重要性を痛感しました。従来信頼していたパートナーに依存できなくなった現在、欧州独自の打ち上げ能力構築は安全保障上の必須要件となっています。
各社への最大1億6900万ユーロという投資額は、単なる技術開発支援を超えた産業政策の側面を持ちます。これにより、欧州全体で新たな宇宙産業エコシステムが形成され、高技能雇用の創出と技術革新の促進が期待されています。
市場競争への影響
現在の小型衛星打ち上げ市場は、SpaceXのライドシェア方式が主流となっていますが、欧州企業の参入により競争環境が大きく変化する可能性があります。特に、PLD SpaceのMiura 5は2026年の初飛行を予定しており、1,000kgを超えるペイロードを軌道に投入可能な能力を持ちます。
MaiaSpaceは親会社ArianeGroupの技術力を活用した再使用可能ロケットの開発を進めており、パリ近郊に1万平方メートルの製造施設建設を発表しています。これらの取り組みは、欧州の宇宙産業における製造能力の向上を示しています。
プログラムの今後の展開
2025年11月のESA閣僚級会議(CM25)での最終的な資金拠出決定が、このプログラムの成否を左右します。成功すれば、欧州は2030年代に向けて独自の小型衛星打ち上げ能力を確立し、宇宙産業における競争力を大幅に向上させることができるでしょう。
プログラムは2つの主要コンポーネントで構成されています。コンポーネントAは2026年から2030年の間のESAミッション打ち上げサービス、コンポーネントBは2028年までの打ち上げサービス能力向上実証です。各企業は2027年までに軌道打ち上げの成功を実証する必要があり、これが重要なマイルストーンとなります。
長期的な展望と課題
技術的リスクと資金調達の課題は依然として存在します。特に、各社が2026年から2030年の間に商業運用を開始する必要があるため、開発スケジュールの遅延は致命的な影響を与える可能性があります。また、SpaceXの圧倒的なコスト競争力に対抗するためには、技術革新だけでなく、効率的な運用体制の構築も不可欠となります。
【用語解説】
欧州ランチャーチャレンジ(ELC)
ESAが2023年11月に発表した欧州の商業打ち上げサービス開発を促進するプログラム。各参加企業に最大1億6900万ユーロを提供し、2026年から2030年の間にESAミッションの打ち上げサービスと2028年までの能力向上実証を求める。
コンポーネントA・B
ELCの2つの主要構成要素。コンポーネントAは2026-2030年のESAミッション打ち上げサービス、コンポーネントBは打ち上げサービス能力向上実証で、少なくとも1回の飛行実証を含む。
CM25(閣僚級会議)
2025年11月にブレーメンで開催予定のESA閣僚級会議。加盟国がELCへの資金拠出を正式に決定する重要な会議。
準軌道ロケット
地球の大気圏を超えるが軌道速度に達しない弾道飛行を行うロケット。高度100km以上に到達するが、地球周回軌道には投入されずに地上に戻ってくる。
軌道級ロケット
人工衛星を地球周回軌道に投入する能力を持つロケット。低軌道(LEO)、太陽同期軌道(SSO)、静止軌道(GEO)などの各種軌道への打ち上げが可能。
SaxaVord宇宙港
スコットランドのシェトランド諸島にある商業宇宙港。年間30機の打ち上げライセンスを取得し、西欧初の完全ライセンス取得垂直軌道打ち上げ施設。
Andøya宇宙港
ノルウェー北部にある宇宙港。準軌道および軌道打ち上げの両方に対応し、極軌道や太陽同期軌道への打ち上げに適した地理的位置にある。
【参考リンク】
European Launcher Challenge – ESA公式(外部)
ESAの欧州ランチャーチャレンジ公式ページ。プログラムの目的、タイムライン、選定基準、資金配分などの詳細情報を提供
Isar Aerospace(外部)
ドイツの宇宙ベンチャー企業。軌道級ロケット「Spectrum」を開発中で、最大1,000kgのペイロードを低軌道に投入可能
Rocket Factory Augsburg (RFA)(外部)
ドイツのアウクスブルクに本社を置く宇宙ベンチャー企業。「RFA ONE」ロケットを開発中で、最大1,300kgのペイロードを太陽同期軌道に投入可能
PLD Space(外部)
スペインの宇宙企業。2011年設立で、準軌道ロケット「Miura 1」と軌道ロケット「Miura 5」を開発
MaiaSpace(外部)
フランスのArianeGroupが2022年に設立した宇宙ベンチャー企業。再使用可能な小型ロケット「Maia」を開発中
Orbex(外部)
英国スコットランドのフォレスに本社を置く宇宙企業。環境配慮型の小型ロケット「Prime」を開発
【参考動画】
【参考記事】
European Launcher Challenge: preselected challengers unveiled – ESA(外部)
ESA公式発表による欧州ランチャーチャレンジの事前選定結果。5社の選定理由と今後のスケジュールを詳述
ESA Shortlists Five Companies for European Launcher Challenge – European Spaceflight(外部)
事前選定プロセスの詳細分析。12件の提案から5社選定までの経緯と評価基準について解説
What is the European Launcher Challenge? – New Space Economy(外部)
ELCの背景、目的、構造を包括的に解説。欧州宇宙産業の競争力向上と戦略的自律性確保の重要性について詳細に分析
【編集部後記】
宇宙産業の競争が激化する中、欧州が独自の打ち上げ能力確保に向けて動き出しています。皆さんは、日本の宇宙ベンチャーがこの欧州の動きから学べることは何だと思われますか?また、SpaceXが圧倒的な存在感を示す現在の宇宙産業において、地域ごとの「宇宙の自立性」は本当に必要なのでしょうか?
技術的な失敗を「学習プロセス」として捉える欧州企業の姿勢も興味深いポイントです。日本企業が同様のリスクを取れる環境づくりには何が必要でしょうか?宇宙開発における「失敗の価値」について、皆さんのご意見もぜひお聞かせください。