2025年7月初旬、米国エネルギー省はアイダホ国立研究所のDOME(Demonstration of Microreactor Experiments)施設で実施する世界初の燃料搭載マイクロリアクター実験として、ウェスティングハウス社のeVinciテスト炉とRadiant社のKaleidosユニットを条件付きで選定した。
eVinciは5MW出力で8年間燃料補給不要、Kaleidosは1.2MW出力で5年間燃料補給不要の設計である。両機ともセミトラックのトレーラーサイズの自己完結型設計で、DOMEプロジェクトでは50MW未満をマイクロリアクターと定義している。
DOMEは世界初のマイクロリアクターテストベッドで、1964年から1994年まで運転された実験増殖炉II型システムの格納構造を再利用して構築され、2026年初頭の稼働開始を予定している。
実験は2つの原子炉を一度に一基ずつ、それぞれ6か月間実施する計画である。マイク・ゴフDOE原子力エネルギー担当次官補代理は、マイクロリアクターが米国の原子力発電利用拡大で大きな役割を果たし、家庭、軍事基地、重要インフラへの電力供給に貢献すると述べた。
両社の設計はまだ原子力規制委員会の一般建設認証を受けていないが、DOEテストは商業化への第一歩である。
From: Nuclear reactors smaller than a semi truck to be tested in Idaho
【編集部解説】
今回のマイクロリアクター実験選定は、原子力業界における技術革新の新たな転換点を示しています。従来の大型原子炉から小型モジュール炉(SMR)への移行が注目される中、さらに小型化されたマイクロリアクターという第三の選択肢が現実味を帯びてきました。
技術的な革新性について
eVinciとKaleidosの両機種は、従来の原子炉設計とは根本的に異なるアプローチを採用しています。eVinciは鉄・クロム・アルミニウム合金製の数百本のヒートパイプを使用した受動冷却設計で、水を必要としないため設置場所の制約が大幅に軽減されます。一方、KaleidosはTRISO燃料とヘリウム冷却材、黒鉛減速材を組み合わせた高温ガス冷却炉設計を採用し、単一の輸送コンテナに全てのコンポーネントを収納できる画期的な設計となっています。
市場への影響と可能性
この技術が実用化されれば、エネルギー供給の概念が根本的に変わる可能性があります。特に注目すべきは、データセンターや軍事基地、遠隔地での電力供給という新たな市場の創出です。AIの急速な発展により電力需要が急増する中、従来の送電網に依存しない独立電源として期待されています。
実証実験の重要性
DOME施設での実験は、マイクロリアクター技術の商業化に向けた重要なマイルストーンです。世界初の専用マイクロリアクターテストベッドとして、最大20MW熱出力までの原子炉をテスト可能な設計となっており、実際の運転データを収集することで規制当局への申請に必要な根拠を提供します。
規制環境への影響
現在、両社の設計はまだNRCの一般建設認証を受けていませんが、DOME実験で得られるデータは商業化に向けた重要な根拠となります。マイクロリアクターという新カテゴリーの原子炉に対する規制フレームワークの整備も並行して進められており、従来の大型炉とは異なる安全基準や許認可プロセスが確立される見込みです。
潜在的なリスクと課題
技術的な革新性の一方で、いくつかの課題も存在します。まず、核燃料の輸送と管理に関する新たな安全基準の策定が必要です。また、小型化により単位出力あたりのコストが高くなる可能性があり、経済性の確保が重要な課題となります。
長期的な産業への影響
この実験成功は、原子力産業の分散化を加速させる可能性があります。従来の大型発電所による集中型電力供給から、地域分散型の小規模原子力発電への移行が現実的な選択肢となり、エネルギー安全保障の観点からも重要な意味を持ちます。
国際競争力の観点
米国がマイクロリアクター分野で先行することで、次世代原子力技術における国際的な主導権を握る可能性があります。特に、中国やロシアが小型炉開発を積極的に進める中、技術的優位性の確保は戦略的に重要です。
【用語解説】
マイクロリアクター
出力50MW未満の超小型原子炉。従来の原子力発電所の1000分の1程度の規模で、トレーラーサイズに収まる可搬性を持つ。
小型モジュール炉(SMR)
従来の原子力発電所の1/10から1/4程度の規模で、工場で製造してモジュール単位で組み立てる原子炉。出力は通常50-300MW程度。
TRISO燃料
三重被覆等方性燃料の略称。ウラン燃料を炭化ケイ素などの耐熱性材料で多重に被覆した燃料で、1600℃の高温にも耐える安全性の高い燃料。
ヒートパイプ冷却
熱伝導性の高い密閉管内の作動流体の蒸発・凝縮を利用した冷却システム。可動部品がなく、受動的な冷却が可能。
高温ガス冷却炉
ヘリウムガスを冷却材として使用する原子炉。高温運転が可能で、水素製造などの産業用途にも適用できる。
実験増殖炉II型(EBR-II)
1964年から1994年まで運転されたアイダホ国立研究所の実験用高速増殖炉。現在その施設がDOMEとして再利用されている。
FEEED
Front-End Engineering and Experiment Design(前段階エンジニアリング・実験設計)の略称。DOEが実施するマイクロリアクター開発支援プログラム。
【参考リンク】
Westinghouse Electric Company – eVinci Microreactor(外部)
5MW出力で8年間燃料補給不要のeVinciマイクロリアクターを開発。ペンシルベニア州エトナに専用開発拠点を設置し、商業化を推進している。
Radiant Nuclear(外部)
1.2MW出力で5年間運転可能なKaleidosマイクロリアクターを開発するスタートアップ企業。元SpaceXエンジニアが2019年に設立し、シリーズC資金調達で1億ドルを獲得。
Idaho National Laboratory – DOME Facility(外部)
世界初の専用マイクロリアクターテストベッドDOME施設を運営。最大20MW熱出力の原子炉テストが可能で、2026年初頭の稼働開始を予定。
U.S. Department of Energy – Nuclear Energy(外部)
マイクロリアクター実験の公式発表を掲載。DOME施設での実験計画と選定企業の詳細情報を提供。
【参考動画】
eVinci™ Microreactor Accelerator Hub Opens in PennsylvaniaWestinghouse公式チャンネル(2023年11月6日)ペンシルベニア州エトナにあるeVinciマイクロリアクター開発拠点の開設式典。州知事やエネルギー省幹部も参加した歴史的な瞬間を記録。
Nuclear Reactor Thermal Test in El SegundoRadiant Nuclear公式チャンネルKaleidosマイクロリアクターの受動冷却システムの実証実験の様子。電力なしで安全に冷却できる技術の実際の動作を解説。
【参考記事】
Energy Department Announces First Microreactor Experiments at DOME Test Bed(外部)
米国エネルギー省公式発表。2025年7月1日にウェスティングハウスとRadiantの選定を正式発表。DOME施設での実験計画の詳細を説明。
Westinghouse, Radiant Selected for First Fueled Nuclear Microreactor Tests at INL’s DOME Facility(外部)
Power Magazine誌による詳細分析。2026年春の実験開始予定と両社の技術的特徴を専門的視点から解説。
Westinghouse, Radiant to perform first US microreactor tests(外部)
World Nuclear News誌による報告。eVinciテスト炉が3MW熱出力のスケールダウン版であることを明記し、技術仕様の詳細を提供。
【編集部後記】
トレーラーサイズの原子炉が現実になろうとしている今、私たちの生活はどう変わるでしょうか。データセンターや軍事基地だけでなく、災害時の緊急電源や離島での安定電力供給など、身近な場面での活用も考えられます。
皆さんの住む地域や働く職場で、もしこうした小型原子炉が利用可能になったら、どんな用途を思い浮かべますか?また、原子力というと不安を感じる方も多いと思いますが、この超小型化技術についてどのような期待や懸念をお持ちでしょうか。ぜひコメント欄で、皆さんの率直な想いをお聞かせください。