前回記事の振り返り:2024年10月、innovaTopiaは退役米陸軍中佐デイビッド・フランクリン・スレイターが、外国の出会い系アプリでウクライナ人女性を装う相手に騙され、国家機密を漏洩したとして起訴された事件を報じた。
今回の続報:スレイター被告(64歳)は2025年7月11日、国家防衛情報の開示共謀罪で有罪を認めた。2022年2月から4月にかけて、ロシアのウクライナ侵攻に関する軍事目標やロシア軍の能力などの機密情報を提供していた。
司法取引により、当初の3件の罪状から1件に減り、懲役5〜7年が推奨される。判決は2025年8月8日に予定されている。相手は「私の秘密情報愛」などと親密に呼びかけ、「愛するデイブ、NATOとバイデンには私たちを助ける秘密計画があるの?」といった質問で機密情報を引き出していた。
From:Dating app scammer cons former US army colonel into leaking national secrets
【編集部解説】
事件の進展経緯
2024年10月にinnovaTopiaが最初に報じた際、この事件は起訴段階でした。当時63歳だったスレイター被告は、2023年3月2日に逮捕され、最大10年の懲役刑に直面していました。あれから約9ヶ月、事件はついに司法的な決着を迎えようとしています。
司法取引の意味とその背景
今回の有罪認定で注目すべきは、司法取引による罪状の軽減です。当初の3件の共謀罪から1件に減ったことで、スレイター被告は最大刑期を回避できる見通しとなりました。これは、被告の協力や情報提供、そして軍歴への配慮が影響した可能性があります。
詳細な犯行手口の解明
今回の続報で明らかになったのは、詐欺師の巧妙な手口です。「私の秘密情報愛」「私の秘密エージェント」といった親密な呼びかけで信頼関係を築き、「愛するデイブ、NATOとバイデンには私たちを助ける秘密計画があるの?」という自然な質問を装って機密情報を引き出していました。
ソーシャルエンジニアリングの進化した脅威
この事件は、従来の技術的なサイバー攻撃とは異なる新たな脅威を示しています。感情的な結びつきを悪用したソーシャルエンジニアリングは、最も訓練された軍事専門家でさえも騙すことができることを証明しました。
国家安全保障への深刻な影響
漏洩した情報が2022年のロシア・ウクライナ戦争に関する最新の軍事情報だった点が、この事件の深刻さを物語っています。リアルタイムの軍事情報が敵対的な勢力に渡った可能性があり、作戦の見直しや人員の安全確保に多大な影響を与えたと考えられます。
デジタル社会の信頼性への警鐘
この事件は、デジタル時代における人間関係の脆弱性を浮き彫りにしています。オンラインでの出会いが日常化する中、相手の正体を確認する手段の限界と、感情的な判断が引き起こすリスクについて、社会全体で考える必要があります。
今後の影響と対策の必要性
この事件の結末を受けて、政府機関や民間企業では、機密情報を扱う職員に対するセキュリティ教育の見直しが進むでしょう。特に、ソーシャルエンジニアリング攻撃への対策として、心理的操作の手法についての理解促進が急務となっています。
長期的な社会への示唆
AI技術の発達により、今後はより精巧で説得力のある偽装が可能になると予想されます。この事件は、テクノロジーが人間の進化に与える影響について、改めて考えるきっかけを提供しています。単純な技術的対策だけでなく、人間の心理的な脆弱性を理解し、それに対応する総合的なアプローチが必要です。
【用語解説】
ソーシャルエンジニアリング
人間の心理的な隙や信頼関係を悪用して、機密情報を不正に取得する手法である。技術的な侵入ではなく、人間の感情や行動パターンを利用する攻撃手法だ。
ロマンス詐欺
出会い系サイトやSNSで恋愛関係を装い、相手の感情を操作して金銭や情報を騙し取る詐欺手法である。被害者は孤独感や愛情欲求を悪用され、判断力を失いやすい。
機密情報(クラシファイド)
国家安全保障に関わる重要な情報で、アクセスが制限される。米国では「機密(Secret)」「極秘(Top Secret)」などの分類がある。
TS//SCI(極秘//機密区分情報)
Top Secret//Sensitive Compartmented Informationの略で、米国の機密情報分類の最高レベルである。特別な認可を受けた者のみがアクセス可能だ。
司法取引(プリーディール)
被告人が有罪を認める代わりに、検察側が起訴内容を軽減したり刑期を短縮したりする制度である。米国の司法制度では一般的だ。
共謀罪
複数の人間が犯罪を計画・準備することを処罰する罪である。実際に犯罪を実行しなくても、計画段階で処罰される。
【参考リンク】
Malwarebytes(外部)
カリフォルニア州に本社を置くサイバーセキュリティ企業で、マルウェア対策製品を提供
米国戦略軍(外部)
ネブラスカ州オフット空軍基地に司令部を置く米軍の統合戦闘コマンド
アメリカ合衆国司法省(外部)
米国の連邦法執行を統括する行政機関で、FBIやDEAなどを傘下に持つ
【参考記事】
User on Dating Site Tricked Ex-Army Officer Into Sharing Defense Secrets(外部)
PCマガジンによる同事件の報道で、64歳の元陸軍中佐の詳細を報じている
Former US Army Lt. Col. sent defense secrets over dating app(外部)
スレイターが2025年7月11日に有罪を認めた詳細を報じているサイバーニュース記事
【編集部後記】
2024年10月に私たちが初めてこの事件を報じたとき、「軍事専門家がなぜこのような詐欺に騙されるのか」という疑問をいだきました。今回の続報で明らかになった詳細な手口を見ると、その答えが見えてきます。
相手は単純な金銭詐欺ではなく、感情的な結びつきを長期間にわたって築き上げていました。「私の秘密情報愛」という呼びかけは、もはや詐欺の範疇を超えた、高度な心理操作だったのかもしれません。
この事件の結末を見つめながら、私たちは改めて問いかけたいのです。テクノロジーが人間関係を豊かにする一方で、新たな脅威も生み出している現実に、私たちはどう向き合うべきでしょうか?
皆さんの身近でも、オンラインでの人間関係について考える機会があれば、ぜひこの事件を思い出してください。そして、もしご意見やご体験があれば、SNSでシェアしていただけると嬉しいです。
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