サイバーセキュリティ大手のクラウドストライクは、NVIDIAとの提携を発表した。
この提携により、クラウドストライクのセキュリティプラットフォーム『Falcon』が、NVIDIAの推論マイクロサービス『NIM』に直接統合される。
これにより、これまでセキュリティの死角となりがちだったAIの「ランタイム(実行時)」環境をリアルタイムで保護することが可能になる。本記事では、この提携がAIセキュリティの未来にどのような影響を与えるのか、その詳細と背景を解説する。
from:
Crowdstrike Falcon now powers runtime defense in Nvidia’s LLMs | VentureBeat
【編集部解説】
今回のクラウドストライクとNVIDIAの提携は、生成AIの社会実装が加速する中で、セキュリティ対策が「後付け」から「組み込み(ビルトイン)」へとパラダイムシフトする象徴的な出来事と言えるでしょう。これまで個別のアプリケーションやインフラを守るという発想だったセキュリティが、AIモデルの開発から実行、管理に至るライフサイクル全体を保護する、より包括的なものへと進化しつつあります。
提携の背景と経緯:両社は2024年3月に戦略的コラボレーションを発表し、2025年6月にはFalcon Cloud SecurityとNVIDIA NIMの具体的な統合を発表しました。
この提携の核心は、クラウドストライクの『Falcon Cloud Security』が、NVIDIAの推論マイクロサービス『NIM』に直接統合された点にあります。NIMは、最適化済みのAIモデルをコンテナとしてパッケージ化し、標準的なAPIを通じて簡単に利用できるようにする仕組みです。これにより企業はAI開発を加速できますが、一方でコンテナ内部は一種のブラックボックスとなり、どのようなモデルが利用されているかを把握するのが困難になる「シャドーAI」のリスクを生み出していました。
今回の統合によって、『Falcon』はNIMコンテナが実行される「ランタイム」環境を直接監視し、プロンプトインジェクションやモデル改ざんといった脅威をリアルタイムで検知・防御します。CrowdStrikeのCEOであるGeorge Kurtz氏は「セキュリティは付け足しであってはならず、本質的でなければならない」と述べています。
これはNVIDIA自身のセキュリティへの取り組みとも連携しています。NVIDIAはモデルのデジタル署名や構成要素をリスト化するAI-BOM(AI Bill of Materials)の提供を通じて、モデルの信頼性と透明性を確保しようとしています。クラウドストライクのリアルタイム監視は、このNVIDIAが築いた土台の上で、実際に運用される際の動的な脅威からAIを守る、いわば多層防御の重要な一層を担うものなのです。
【用語解説】
ランタイム (Runtime):プログラムがコンピューター上で実際に実行されている状態や環境を指す。AIの文脈では、学習済みモデルが推論などのタスクをリアルタイムで処理している状態を指す。この実行中の状態を保護することが重要になっている。
シャドーAI (Shadow AI):企業のIT部門の管理外で、従業員が業務に利用するAIツールのこと。情報漏洩やコンプライアンス違反などのセキュリティリスクを内包する。
プロンプトインジェクション (Prompt Injection):生成AIに対し、開発者の意図しない動作を引き起こさせる悪意のある指示(プロンプト)を入力する攻撃手法。
【参考リンク】
CrowdStrike Japan 公式サイト(外部)AIネイティブのサイバーセキュリティプラットフォーム『Falcon』を提供する企業。単一のエージェントでエンドポイント、クラウド、アイデンティティ、データを横断的に保護する。
NVIDIA 日本語公式サイト(外部)GPUの発明で知られ、AI、HPC、ゲーミングなどの分野で世界をリードする半導体メーカー。生成AIの基盤技術を提供している。
CrowdStrike Falcon®プラットフォーム(外部)クラウドストライクが提供するサイバーセキュリティプラットフォーム。単一の軽量エージェントを通じて、マルウェア対策、EDR、脅威ハンティングなど多岐にわたる機能を提供する。
NVIDIA NIM(外部)NVIDIAやオープンソースのAIモデルを、最適化された推論エンジンとしてコンテナ化し、標準API経由で簡単に展開できるようにするマイクロサービス。AIアプリの開発と導入を簡素化する。
NVIDIA NeMo(外部)企業がカスタム生成AIモデルを構築、カスタマイズ、展開するためのエンドツーエンドのプラットフォーム。本提携では、安全な応答を担保する『NeMo Safety』機能との連携も含まれる。
【参考記事】
CrowdStrike and NVIDIA Secure Full LLM Lifecycle for AI | CrowdStrike
本件に関するクラウドストライク社の公式プレスリリース。NVIDIAとの協業により、『Falcon Cloud Security』をNVIDIAの『NIM』および『NeMo Safety』と統合し、AIのライフサイクル全体を保護することを発表している。
NVIDIA NIMで構築されたAIアプリケーションの監視 – New Relic|New Relic
オブザーバビリティ(可観測性)プラットフォームを提供するNew Relicのブログ。『NVIDIA NIM』とは何か、その利点や仕組みについて、技術的な観点から分かりやすく解説しており、今回の提携の背景理解に役立つ。
【編集部後記】
最後までお読みいただき、ありがとうございます。今回のニュース、少し専門的でしたでしょうか。
一言でいえば、「AIを動かすエンジンに、最初から警備システムを埋め込む」という、セキュリティの大きな変化点です。これまでは完成した家に後から防犯カメラをつけるように、安全対策は「後付け」でした。これからは、家の設計図の段階から安全性が組み込まれ、AI自身が自分を守るようになります。
これにより、私たちが将来使うAIサービスはもっと安全で信頼できるものになるはずです。難しいセキュリティのことは技術に任せ、私たちはAIで何ができるかという、創造的な部分に集中できる未来が近づいています。