2025年の現在、私たちはこの歴史的事実から気候変動の深刻さを学び、持続可能な未来のための対策を考える必要がある。この研究は、遺伝子解析技術の進歩により過去の人類史を新たな視点で理解する道を開いた点でも意義深い。
2023年8月31日に科学誌『Science』で発表された研究によると、約93万年前から81万3,000年前にかけて人類の祖先が深刻な人口減少を経験し、繁殖可能な個体が約1,280人まで減少していたことが判明した。
中国科学院大学のリー・ハイペン氏らの国際研究チームが、アフリカ人10集団と非アフリカ人40集団から計3,154人のゲノム配列を解析し、FitCoal（高速微小時間合体プロセス）手法を用いて導き出した結果である。
この人口ボトルネック現象は約11万7,000年間継続し、祖先人口の98.7%が失われた。研究チームは更新世前期から中期への移行期における気候変動、地球の寒冷化、アフリカおよびユーラシアでの長期的干ばつが原因と推測している。
このボトルネック現象は現生人類、ネアンデルタール人、デニソワ人の最後の共通祖先が存在していた時期と一致し、人類の種分化に重要な影響を与えた可能性がある。現在の世界人口80億人と比較すると、当時の人類は絶滅寸前の状態だった。
From: 
Humans nearly went extinct 1 million years ago, but we don’t know why
【編集部解説】
この研究結果は、人類進化史における最も劇的な発見の一つと言えるでしょう。この発見が特に注目される理由は、従来の化石記録では解明できなかった「失われた時代」の謎を、現代人のDNAから読み解いた点にあります。
最も衝撃的なのは、この人口ボトルネック現象が約11万7,000年間という極めて長期間にわたって継続したことです。現在の地球人口80億人と比較すると、当時の1,280人という数字は想像を絶する少なさであり、まさに種の存続が危機に瀬していた状況を物語っています。
この研究の技術的革新性も見逃せません。研究チームが開発したFitCoal手法は、現代人のゲノム配列から過去の人口動態を推定する画期的な技術です。従来の化石記録に依存した研究とは異なり、遺伝子の多様性パターンから祖先集団の規模を逆算する手法は、人類学研究に新たな可能性を開いています。
興味深いのは、この時期が現生人類、ネアンデルタール人、デニソワ人の最後の共通祖先が存在していた時期と重なることです。人口の激減が種の分化を促進した可能性があり、現在の人類の多様性の起源を理解する上で重要な示唆を与えています。
FitCoal手法の導入は、従来の化石記録に依存しない新たな研究アプローチを示し、人類学の未来を切り開く可能性を秘めています。この技術革新により、私たちは過去の人類史をより詳細に理解できるようになりました。
2025年の現在、地球温暖化や環境変動が加速する中で、この研究が示す教訓は極めて重要です。人類が過去に経験した極限状況は、現代の環境問題への対応策を考える上で貴重な示唆を与えています。
ただし、学術界では手法の精度や解釈に関して慎重な議論が続いており、今後の研究でさらなる検証が求められます。科学的発見は常に検証と議論を重ねることで精度を高めていくものです。
この発見は、現代の環境問題や生物多様性保全の重要性を考える上で示唆に富んでおり、未来の研究や政策形成に影響を与えるでしょう。人類の歴史を振り返ることで、私たちは未来への道筋をより明確に描くことができるのです。
【用語解説】
FitCoal（Fast Infinitesimal Time Coalescent Process）
現代人のゲノム配列から過去の人口動態を推定する新しい解析手法。遺伝子系統間の分岐を分析し、過去の人口規模を逆算する統計的モデルである。
人口ボトルネック現象
生物集団の個体数が一時的に極端に減少する現象。遺伝的多様性の大幅な減少を引き起こし、種の存続に重大な影響を与える。
更新世前期から中期への移行
約130万年前から70万年前にかけての地質時代の境界期。この時期に地球規模の気候変動が発生し、氷河期の本格化が始まった。
海洋同位体ステージ22（MIS 22）
約90万年前に発生した氷河期の一つ。海水温の大幅な低下と海水準の下降が特徴で、アフリカとユーラシア大陸で長期間の干ばつを引き起こした。
ネアンデルタール人
約40万年前から4万年前にヨーロッパと西アジアに生息していた絶滅人類種。現生人類と遺伝的に近い関係にある。
デニソワ人
シベリアのデニソワ洞窟で発見された古代人類のDNAから特定された絶滅人類種。現生人類やネアンデルタール人と共通の祖先を持つ。
【参考リンク】
中国科学院大学（外部）
1978年設立の中国の大学院大学。中国科学院の直属機関として、自然科学分野で世界最高水準の研究を行う国際的研究機関
Science誌（外部）
1880年創刊のアメリカ科学振興協会発行の学術誌。自然科学全般を扱う世界最高峰の学術誌の一つで、査読の厳格さで知られる
マウントサイナイ医科大学（外部）
ニューヨークに拠点を置く総合医療システム。アイカーン医科大学を含む8つの病院キャンパスを運営し、国際的に高い評価を受ける研究機関
【参考記事】
Genomic inference of a severe human bottleneck during the Early to Middle Pleistocene transition
2023年8月31日にScience誌で発表された原著論文。FitCoal手法を用いて93万年前から81万年前の人類祖先の深刻な人口減少を発見した研究成果を報告している。
約81万年から93万年前の更新世には、人類はわずか1,280人まで減少していた
GIZMODO日本版による研究解説記事。人類祖先が90万年前に絶滅寸前まで追い込まれた発見について、ボトルネック現象の概念を交えて詳しく解説している。
人類の祖先は約90万年前に約98.7％減少し絶滅しかけていたことが明らかに
GIGAZINE による研究報告記事。約100万年前の人類の絶滅危機について、現代人の遺伝的多様性への影響と進化への意義を中心に解説している。
【編集部後記】
人類が93万年前に1,280人まで減少していたという事実は、私たちの存在がいかに奇跡的であるかを物語っています。現在の気候変動や環境問題を考える時、この歴史的教訓から何を学べるでしょうか。
また、現代人のDNAから過去を解明するFitCoal技術の進歩により、化石に頼らずとも人類史の謎を解けるようになりました。皆さんは、このような科学技術の発展が人類の未来にどのような可能性をもたらすと思われますか。
