中国のスタートアップMonica.im社が開発したManus.imが2025年7月にデータ可視化機能を新たに発表しました。VentureBeatのUjas Patel記者が2025年7月21日に検証記事を公開し、ChatGPTの高度データ分析機能との比較テストを実施。
テストでは113,000行のeコマース注文データ、200,000行のマーケティングファネルデータ、10,000行のSaaS MRRデータの3つのKaggleデータセットを使用しました。クリーンなデータではManusが1分46秒、ChatGPTが57秒で処理を完了しましたが、5%のエラー注入を行った汚れたデータではManusが3分53秒でも一貫したトレンドを生成した一方、ChatGPTは59秒で処理したものの不正確な可視化結果となりました。Manusは自動的にnull値の処理や日付の不整合を解決する機能を持つものの、データクリーニングの過程が不透明で監査証跡が欠如している点が企業導入の課題となっています。競合としてGoogleのGemini in BigQuery、MicrosoftのCopilot in Fabric、2025年6月に発売されたGoodDataのAIアシスタントが挙げられています。
From:Chinese startup Manus challenges ChatGPT in data visualization: which should enterprises use?
【編集部解説】
Monica.im社の技術的アプローチと背景
Manus.imを開発したMonica.im社は、創業者の肖弘(しょうこう)氏が2023年に設立した中国のスタートアップです。同氏は以前にWeChat向け業務自動化ツールで成功を収め、その経験を活かして汎用AIエージェント分野に参入しました。2025年3月6日にManus本体を正式公開し、その後データ可視化機能を追加リリースしています。
この技術の核心は、汚れたデータの自律的クリーニング機能にあります。従来のChatGPTなどは処理速度を優先するため、データの不整合やnull値を適切に処理せずに可視化を行い、結果として不正確なグラフを生成してしまいます。
企業のDX推進における現実的課題
今回のテストが示すのは、企業のデジタル変革における深刻な「ラストマイル問題」です。470名の財務責任者を対象としたRossums社の調査によると、BIライセンスを所有する企業の58%が依然としてExcelに依存しています。また、TechRadar社の調査では組織の約90%がスプレッドシートに依存していることが判明しています。
これは、高度なデータウェアハウスと実際の業務現場の間に大きなギャップが存在することを意味します。このギャップを埋めるソリューションとして、Manusのような自律的データ処理ツールが注目を集めています。
透明性の欠如が引き起こす企業リスク
最も重要な問題は、監査証跡の不透明性です。ManusはChatGPTと異なり、データクリーニングのプロセスコードを表示しません。これは企業にとって致命的なリスクとなり得ます。
例えば、CFOがManus生成のチャートを基に四半期報告を行った場合、「重複取引をどう処理したか?」という質問に答えることができません。規制の厳しい金融業界や上場企業では、このような不透明性は法的コンプライアンス上の重大な問題となります。
処理時間と精度のトレードオフ
検証結果では、クリーンデータでは処理時間が約1.8倍、汚れたデータでは約4倍の時間差が生じました。しかし、Manusの優位性は処理精度にあります。汚れたデータにおいても一貫したトレンドを示す能力は、データアナリストが手動で行う前処理作業を自動化したものと考えられます。
ウェアハウスネイティブソリューションとの競争激化
記事で言及されているGoogle Gemini、Microsoft Copilot、GoodDataなどの企業向けソリューションは、異なるアプローチを採用しています。これらは既存のデータインフラ内で動作し、完全なデータ系譜を保持します。
セキュリティ境界内でのデータ処理は、規制対象企業にとって不可欠な要件です。ファイルアップロード型のツールは、この点で構造的な制約を抱えています。
技術の進歩がもたらす業界への影響
この技術進歩は、データアナリストの役割変化を示唆しています。単純なデータ処理作業は自動化される一方、AIの判断の妥当性を検証し、ビジネス文脈での解釈を行う高次スキルがより重要になります。
また、中小企業にとっては、専門知識なしでデータ分析が可能になる民主化効果が期待されます。しかし、同時に「見た目の美しいグラフ」に惑わされ、データの質や解釈の妥当性を見落とすリスクも高まります。
長期的な技術発展の方向性
今後のAIデータ可視化ツールは、透明性と自動化の両立が鍵となります。技術的には実現可能であっても、企業導入には厳格な監査要件への対応が不可欠です。
規制当局も、AIシステムの透明性要求を強化する傾向にあり、この分野の技術開発は法的コンプライアンスとの調和が重要な競争要因となるでしょう。
現段階では、Manusのような革新的技術も「魅力的なデモ」の域を脱していないのが実情です。真の企業価値創出には、信頼性と透明性を兼ね備えたソリューションの登場を待つ必要があります。
【用語解説】
CSV(Comma Separated Values)
データをカンマ区切りで記録するファイル形式。Excelなどの表計算ソフトからエクスポートされることが多く、企業での簡易的なデータ交換に広く使用されます。
監査証跡(オーディットトレイル)
システム上で実行された処理や変更の履歴を記録する仕組み。企業のコンプライアンス要件やセキュリティ監査において、データの変更過程を追跡可能にする重要な機能です。
null値
データベースやプログラミングにおいて「値が存在しない」「不明」を表すデータ型。データ分析では適切な処理が必要な欠損データを意味します。
【参考リンク】
Manus.im(外部)
Monica.im社が開発した汎用AIエージェント。自然言語の指示でタスクを自動実行します。
OpenAI(ChatGPT)(外部)
OpenAI社開発の対話型AI。テキスト生成、データ分析、コード作成などに対応します。
Google Cloud(Gemini in BigQuery)(外部)
BigQueryにGemini AIを統合。自然言語でSQLクエリを生成し分析を支援します。
Microsoft Fabric(Copilot)(外部)
Microsoftの統合データプラットフォーム。Copilot AIを搭載し包括的に支援します。
GoodData(外部)
AI統合型の分析プラットフォーム。2025年6月にAIアシスタント機能を提供開始しました。
Kaggle(E-commerce Dataset)(外部)
11万行のeコマース注文データセット。Manusの検証テストで使用されました。
Kaggle(AWS SaaS Sales Dataset)(外部)
AWSのSaaS売上を模した1万行のデータセット。MRR分析の検証に使用されました。
【参考記事】
New AI Assistant from GoodData Transforms Enterprise Analytics(外部)
GoodDataが2025年6月にAIアシスタント機能の一般提供を開始したニュース記事です。
中国が初の完全自律型AIエージェント「Manus」を発表(外部)
Monica.im社の背景と創業者肖弘氏の経歴について詳細に解説した日本語記事です。
【編集部後記】
今回のManus対ChatGPTの検証結果を読まれて、どのような感想を持たれましたか?私たちの多くが日常的に使っているExcelやスプレッドシート分析が、AI時代にどう変わっていくのか、皆さんの職場ではいかがでしょうか。
特に気になるのは「透明性」の問題です。AIが自動で処理した結果を、どこまで信頼して意思決定に使えるのか。皆さんの組織では、このようなAIツールの導入検討はされていますか?もしくは、データ分析業務でAIを活用する際、どんな不安や期待をお持ちでしょうか。
ぜひTwitterやコメント欄で、皆さんの実際の体験や疑問をシェアしていただければと思います。一緒に考えていけたら嬉しいです。