AIは「最適化」で思考する。新アーキテクチャEBT(エネルギーベース・トランスフォーマー)の全貌と未来

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イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校とバージニア大学の研究者たちは、2025年7月11日にVentureBeatで報じられた研究で、新しいAIアーキテクチャ「エネルギーベース・トランスフォーマー(EBT)」を発表した。

Alexi Gladstone氏が筆頭著者を務める2025年7月2日公開の論文によると、EBTは事前学習において、テキスト生成モデルTransformer++より最大35%高いスケーリング率を達成した。

推論時においては、言語モデリング性能をTransformer++比で29%多く向上させ、画像ノイズ除去タスクでは拡散トランスフォーマー(DiT)に対し99%少ないフォワードパスで優れた結果を示した。

From: 文献リンクA new paradigm for AI: How ‘thinking as optimization’ leads to better general-purpose models

【編集部解説】

今回報じられた「エネルギーベース・トランスフォーマー(EBT)」は、単なるAIの性能向上ニュースではありません。現在主流のAIが持つ根本的な課題を乗り越え、AIが人間のように「じっくり考える」能力を持つための、新しい扉を開く可能性を秘めた重要な研究です。

現在のAI、特にChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)の基本構造は「トランスフォーマー」と呼ばれ、膨大なデータから統計的なパターンを学習し、最もそれらしい答えを瞬時に出力することに長けています。

これは心理学でいう、直感的で速い思考「システム1」に似ています。しかし、複雑な論理や推論、未知の問題への対応といった、慎重で分析的な思考「システム2」は苦手としてきました。

EBTが画期的なのは、この「システム2」の思考プロセスをAIに組み込もうとしている点です。EBTは答えを一度で出すのではなく、まず仮の答え(候補)を生成します。そして「エネルギー関数」と呼ばれる独自の検証機能を使って、その答えがどれだけ入力(質問)に対して適切かを評価し、自ら答えを修正しながら最適解を探求します。これは私たちが文章を書く際に、推敲を重ねてより良い表現を探すプロセスと似ています。

この「検証器を内蔵した思考プロセス」は、いくつかの大きな利点をもたらします。まず、簡単な質問には少なく、難しい問題には多くの計算リソースを動的に割り当てられるため、全体として効率が向上します。さらに重要なのは、データ効率の高さです。AIの性能向上が高品質な学習データ量に依存する中、その確保は深刻なボトルネックになりつつあります。

BTはより少ないデータで賢く学習する可能性を示しており、AI開発の持続可能性という大きな課題にも光を当てるものです。
この技術が実用化されれば、AIの応用範囲は大きく広がります。例えば、単に情報を検索するだけでなく、複数の論文を読み解き、未知の科学的仮説を構築するような研究開発支援が考えられます。

また、企業においては、データが限られた状況でも、より深く分析し、精度の高い事業戦略を立案する「思考パートナー」としての役割が期待できます。Gladstone氏が指摘するように、特に人命に関わるような重要な意思決定や、安全性が最優先される領域でその真価を発揮するはずです。

EBTは、AIが単なる「答えを出す機械」から、私たちと共に「答えを探求するパートナー」へと進化する、重要な一歩と言えるでしょう。この技術は人間の思考を代替するのではなく、むしろ拡張するものです。複雑で答えのない問いに対し、AIと思考を重ねることで、人類はこれまで到達できなかった新たな知の領域に足を踏み入れるのかもしれません。「思考の最適化」という新しいパラダイムが、私たち自身の進化(Human Evolution)にどう繋がっていくのか、注目していきたいテーマです。

【用語解説】

システム1/システム2思考
心理学者ダニエル・カーネマンが提唱した思考の2つのモード。システム1は直感的で速い思考、システム2は論理的で遅い、熟考型の思考を指す。

推論時スケーリング(Inference-time scaling)
AIが学習後、タスクを解く「推論時」に、計算量を増やして性能を向上させる技術。「より長く考える」ことで、難しい問題に対応する。

強化学習(RL: Reinforcement Learning)
機械学習の一分野。エージェントが「報酬」を最大化するように、試行錯誤を通じて最適な行動戦略を学習する手法。

Best-of-N
推論手法の一つ。AIにN個の回答候補を生成させ、その中から検証機能を用いて最も良いものを選択する方法。

思考の連鎖(CoT: Chain-of-Thought)
LLMに複雑な問題を解かせる際、答えだけでなく、そこに至るまでの中間的な推論ステップを生成させる手法。

分布外(OOD: Out-of-Distribution)データ
AIモデルの訓練データとは異なる傾向を持つ未知のデータ。EBTは、このOODデータに対する高い汎化能力を持つ。

拡散トランスフォーマー(DiT: Diffusion Transformer)
画像生成で用いられる拡散モデルと、トランスフォーマーアーキテクチャを組み合わせたモデル。

【参考リンク】

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(外部)
米国イリノイ州の州立大学。特にコンピュータサイエンスと工学分野で世界的に高い評価を得ている研究機関。

Energy-Based Transformers (EBT) GitHub(外部)
本論文の公式PyTorchコードを公開しているリポジトリ。EBTの具体的な実装を確認できる。

【参考動画】

【参考記事】

筆頭著者によるEBT解説記事(外部)
筆頭著者Alexi Gladstone氏が、EBTの優位性や特徴を自身のブログで解説している記事。

Energy-Based Models (Wikipedia)(外部)
EBTの基礎となるエネルギーベースモデル(EBM)の概念を解説したWikipediaのページ。

【編集部後記】

もしAIが、私たちのように「じっくり考える」能力を手に入れたら、あなたはAIにどんな役割を期待しますか?

単なるアシスタントではなく、複雑な問題について共に悩み、より良い答えを導き出す「思考のパートナー」。そんな未来の姿を、この記事をきっかけに一緒に想像してみませんか。

この技術が拓く可能性について、ぜひあなたの考えも聞かせてください。

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TaTsu
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