英国最強のスーパーコンピューター「Isambard-AI」が2025年夏に本格稼働する。
同システムはブリストル・バス・サイエンスパーク内の国立複合材料センター(NCC)に設置され、HPE Cray EX4000をベースに5,480基のNvidia Grace-Hopper GH200スーパーチップを搭載する。
LLM訓練で21エクサFLOPS以上の8ビット浮動小数点性能、250ペタFLOPS以上の64ビット性能を提供予定である。建設費用は2億2,500万ポンド(約3億ドル)で、英国政府の国家人工知能研究リソース(AIRR)確立のための3億ポンドパッケージの一部だ。
キア・スターマー首相は2025年6月9日のロンドン・テック・ウィークで、AI研究資金として追加10億ポンド(約13億ドル)の投資を発表し、計算能力を20倍に拡大すると表明した。
フェーズ1(168基のGPU)は既に稼働中で、フェーズ2(5,280基のGPU)が2025年夏に完全稼働予定である。
From: UK’s Isambard-AI super powers up as government goes AI crazy
【編集部解説】
特筆すべきは、従来のスーパーコンピューター建設が4-5年を要するところ、Isambard-AIは12-18ヶ月という異例の短期間で実現されたことです。これは英国政府のAI戦略の緊急性を物語っています。フェーズ1は空のサイトから4ヶ月でTop500エントリーを達成し、フェーズ2は7ヶ月で5MW施設を完成させるという驚異的なスピードでした。
技術的には、各ノードが4基のNVIDIA GH200スーパーチップを搭載し、ノード間を900GB/sのNVLink-C2Cで接続する設計が採用されています。これにより、単一ノードで約2,000 AI TOPSの性能を実現し、フェーズ2完成時には総計1,040万AI TOPSという圧倒的な計算能力を提供します。
興味深いのは、Isambard-AIがクラウドネイティブなアプローチを採用していることです。KubernetesやVSCode、コンテナランタイムなど、現代的な開発環境を標準装備し、従来のHPCシステムとは一線を画しています。これにより、AI研究者にとってより親しみやすい環境を実現しています。
コスト面では、AWS EC2 p5.48xlargeインスタンスと比較すると、フェーズ2の運用コストは年間5億7,800万ドル相当に匹敵する計算能力を提供します。これは商用クラウドサービスでは到底実現不可能な規模であり、国家インフラとしての価値を明確に示しています。
英国のAI戦略は単なる技術投資を超え、「AIメーカー」としての地位確立を目指しています。特に注目すべきは、政府業務そのものへのAI導入を明言している点で、これは行政のデジタル変革における新たなパラダイムを示唆しています。
【用語解説】
Isambard-AI:
英国で開発された国内最強のスーパーコンピューター。AI研究に特化して設計され、21エクサFLOPS以上の性能を持つ。名前は19世紀の著名な英国人エンジニア、イザムバード・キングダム・ブルネルに由来する。
Grace-Hopper GH200:
NvidiaのAI専用プロセッサ。ARM Neoverse V2ベースのGrace CPUとHopper H100 GPUを統合したアーキテクチャで、900GB/sのNVLink-C2C接続により従来のPCIe接続より7倍高速な通信を実現する。
エクサFLOPS:
1秒間に10の18乗回の浮動小数点演算を実行する性能単位。現在の最高峰スーパーコンピューターの性能指標として使用される。
AI TOPS:
AI処理性能の指標で、1秒間に実行可能な演算回数を兆(テラ)単位で表現。Isambard-AIフェーズ2は1,040万AI TOPSの性能を持つ。
AIRR(AI Research Resource):
英国政府が設立した国家人工知能研究リソース。3億ポンドの投資により、英国のAI研究基盤を強化する国家プロジェクト。
HPE Cray EX4000:
Hewlett Packard Enterpriseが開発した液冷式高密度クラスターシステム。直接液冷(DLC)技術により効率的な熱除去を実現し、高密度GPU配置を可能にする。
Green500:
スーパーコンピューターの電力効率ランキング。Isambard-AIフェーズ1は68.83 GFLOP/s/Wattで世界2位を獲得している。
【参考リンク】
NVIDIA公式サイト(外部)
AI向けGPUの世界最大手メーカー。Grace-Hopper GH200スーパーチップやBlackwellチップなど最新AI向けプロセッサを開発・製造している。
HPE(Hewlett Packard Enterprise)(外部)
エンタープライズ向けIT機器メーカー。Cray EX4000システムなどスーパーコンピューター分野で高い技術力を持つ。
ブリストル大学スーパーコンピューティングセンター(外部)
Isambard-AIを運営する英国の研究機関。AI特化型スーパーコンピューターの研究開発を主導している。
国立複合材料センター(NCC)(外部)
Isambard-AIが設置されているブリストル・バス・サイエンスパーク内の研究施設。複合材料の研究開発を行う独立機関。
英国研究・イノベーション機構(UKRI)(外部)
英国政府の研究資金配分機関。AIRR(AI Research Resource)プロジェクトの資金提供と運営を担当している。
GW4アライアンス(外部)
バース大学、ブリストル大学、カーディフ大学、エクセター大学による研究協力組織。Isambard-3プロジェクトも運営している。
【参考動画】
【参考記事】
Isambard-AI: a leadership class supercomputer optimised specifically for Artificial Intelligence(外部)
Isambard-AIの技術仕様と設計思想を詳述した学術論文。5,480基のGrace-Hopper GH200と24PiBのストレージシステムについて技術的詳細を解説している。
University of Bristol supercomputer will help UK become ‘technological superpower’(外部)
2025年1月の英国AI機会行動計画発表に合わせたIsambard-AIの役割と意義について大学側の公式見解を示した記事。
Unprecedented investment for Isambard AI(外部)2023年11月の2億2,500万ポンド投資発表時の公式発表。Isambard-AIの基本仕様と期待される効果について説明している。
Going fast: Isambard-AI(外部)
2024年11月のワークショップ資料。Isambard-AIの建設スケジュールと商用クラウドとのコスト比較を詳細に分析している。
【編集部後記】
Isambard-AIの驚異的な建設スピード(空のサイトから4ヶ月でTop500入り)は、日本のデジタル庁や理研などの取り組みと比較してどう映るでしょうか。
特に興味深いのは、英国が「12-18ヶ月での納期」を実現した背景にある政治的意思決定の速さです。
日本でも富岳の後継機開発が検討されていますが、AI特化型システムへの転換についてどうお考えでしょうか。また、クラウドネイティブなアプローチを採用したIsambard-AIのような「使いやすいスーパーコンピューター」は、日本の研究環境にも必要だと思われますか。