日本のスタートアップH2L株式会社は2025年6月18日、筋肉の動きでヒューマノイドロボットを遠隔操作する「カプセルインタフェース」を発表した。同社は2012年7月に設立され、BodySharing技術の研究開発を行っている。本製品の価格は3000万円からとなっている。
システムは筋変位センサー、スピーカー、ディスプレイで構成され、椅子やベッドに設置して使用する。従来のモーションセンサーとは異なり、筋肉の緊張変化を検出することで、動作だけでなく力の入れ具合も伝達する。デモンストレーションでは、Unitree Robotics社製のH1ヒューマノイドロボットを使用している。
利用者は座位や臥位の状態で手足を軽く動かすだけで操作でき、特別な訓練は不要である。出張代行、配送作業員の身体負担軽減、災害地域での危険作業、農業用ロボットの遠隔操作など、多様な分野での活用が想定されている。今後、固有感覚情報のフィードバック技術も研究開発予定で、教育・エンターテインメント・医療分野での活用が期待される。
【編集部解説】
H2Lの「カプセルインタフェース」は、筋変位センサーという独特な技術を採用しています。従来の筋電図(EMG)センサーが電気信号を読み取るのに対し、筋変位センサーは筋肉の物理的な動きそのものを検出する点が革新的です。これにより、より直感的で精密な制御が可能になり、動作の意図だけでなく力の強弱まで伝達できるのです。
この技術の最も興味深い側面は、使用者が特別な訓練を必要としないことです。エクソスケルトンや複雑なウェアラブルデバイスとは異なり、椅子やベッドに設置したシステムで、座ったまま、さらには横になったままでロボットを操作できます。これは身体的制約のある方々にも大きな可能性を開くでしょう。
配送業界への影響を考えてみると、作業員の身体的負担軽減という直接的なメリットがあります。しかし、より深刻な課題は労働市場への影響です。熟練作業者一人が複数のロボットを遠隔操作できるようになれば、雇用構造自体が変化する可能性があります。
災害対応分野では、この技術は文字通り生命を救う可能性を秘めています。従来の遠隔操作ロボットでは表現しきれない微細な動作や力加減が必要な救助作業において、人間の直感的な操作感覚を活かせることは画期的です。
しかし、セキュリティの観点から見ると、新たなリスクも浮上します。筋肉の動きという生体情報を読み取るシステムは、従来のサイバーセキュリティの枠組みを超えた保護が必要になるでしょう。個人の身体的特徴や動作パターンが盗まれれば、なりすましやプライバシー侵害につながる恐れがあります。
規制面では、現在のロボティクス規制の多くが従来型の自動化システムを想定しているため、人間とロボットがリアルタイムで同期するこの技術には新しい法的枠組みが必要になります。特に、遠隔操作中の事故における責任の所在や、操作者の資格要件などが議論の焦点となるでしょう。
長期的視点では、この技術が「身体の共有」という新しいコミュニケーション形態を生み出す可能性があります。物理的な距離を超えて、まるでその場にいるかのような作業体験は、働き方や人間関係そのものを変革するかもしれません。ただし、3000万円という価格は現時点では限られた用途に留まることを示唆しており、普及には時間がかかると予想されます。
技術の成熟と共に、私たちは人間とロボットの境界が曖昧になる時代に向かっています。この変化に対応するため、社会全体での議論と準備が急務となるでしょう。
【用語解説】
筋変位センサー
筋肉の物理的な動きや緊張の変化を検出するセンサー。従来の筋電図(EMG)センサーが電気信号を読み取るのに対し、筋変位センサーは筋肉の機械的な変位を直接測定する技術である。
BodySharing(ボディシェアリング)
H2Lが開発した、人間の身体感覚や動作を遠隔地のロボットやアバターと共有する技術。筋変位センサーを用いて、動作だけでなく力の入れ具合まで伝達できる。
固有受容感覚フィードバック
自分の身体の位置や動きを感じる感覚を、遠隔操作されるロボットから操作者に伝え返す技術。これにより、まるで自分がロボットの身体にいるかのような体験が可能になる。
【参考リンク】
H2L株式会社(外部)
2012年7月設立の東京大学発ベンチャー企業。BodySharing技術やカプセルインタフェースを開発
Unitree Robotics(外部)
中国杭州を拠点とする民間ロボティクス企業。四足歩行ロボットやヒューマノイドロボットH1を開発
【参考動画】
H2L株式会社公式による、カプセルインタフェースの技術解説とデモンストレーション動画。人類未体験のシンクロを描いた製品紹介として公開されている。
【参考記事】
全身リアル体験!見る聞くの先を創る。動きと力をまるごと体験共有する「カプセルインタフェース」解禁(外部)
H2L株式会社の公式プレスリリース。技術詳細、価格、活用シーン、企業概要について包括的解説
全身の動きと力をロボットやアバターにそのまま伝える装置「カプセルインタフェース」発表(外部)
MoguraVRによる技術解説記事。筋変位センサーの仕組みや構成要素、価格について詳細報道
人類未体験のヒューマノイドとのシンクロ感覚 全身の動きや力加減をロボットと共有する「カプセルインタフェース」を公開(外部)
ロボスタによる発表報道記事。製品概要や技術的特徴、今後の研究開発予定について解説
【編集部後記】
この筋変位センサー技術を目にして、皆さんはどのような未来を想像されましたか?座ったままロボットを操作する光景は、私たちの働き方や生活スタイルをどう変えるでしょうか。
特に気になるのは、3000万円という価格です。いずれスマートフォンのように身近な存在になるのか、それとも特定の業界に留まるのか。また、自分の筋肉の動きがデータ化されることに対する不安はありませんか?
ロボット技術の急速な進歩を目の当たりにする中で、私たち編集部も読者の皆さんと同じように驚きと期待、そして少しの戸惑いを感じています。この技術が私たちの日常に浸透する日は思っているより近いかもしれません。皆さんはこの変化をどう受け止められるでしょうか?