「月は失敗の終点ではなく、成功への通過点」iSpace袴田CEOインタビュー

[更新]2025年8月10日05:45

「月は失敗の終点ではなく、成功への通過点」iSpace袴田CEO単独インタビュー - innovaTopia - (イノベトピア)

大阪・関西万博ルクセンブルク館「スペース・アフタヌーン」での登壇後、袴田武史CEOが語った次の挑戦


2025年7月16日、大阪・関西万博のルクセンブルク館で開催された「スペース・アフタヌーン」。ルクセンブルクのギヨーム皇太子殿下とステファニー・オーベルタン大臣の前で、6月6日の月面着陸失敗について堂々と語ったiSpace CEOの袴田武史氏。

イベント終了後、会場の片隅で行ったインタビューでは、失敗の向こう側に見える「次の成功」への具体的な道筋が語られた。

本記事は、innovaTopia記者:TaTsuによる現地での直接取材に基づいたものである。

「レーザーレンジファインダー」特定の意味

「まずミッション2ですね。残念ながら着陸できなくて」—袴田氏は静かに口火を切った。「原因は、技術的にはレーザーレンジファインダーにあり、ハードウェアの問題だと特定できています」

この「特定」という言葉に、袴田氏の安堵感が滲んでいた。宇宙開発において最も恐ろしいのは、失敗の原因がわからないことだ。原因不明のまま次のミッションに進むことは、同じ失敗を繰り返すリスクを抱えることを意味する。

「なぜレーザーレンジファインダーが想定通りに機能しなかったのかという点の原因究明は、まだ複数の選択肢があり絞り込めていませんが、ともあれ原因箇所がレーザーレンジファインダーだと特定できたことで」—袴田氏は、この「特定」を起点に、次の展開を見据えていた。

2027年ミッション3への影響を最小限に

袴田氏の関心は既に、2027年に予定されているミッション3に向いている。「ミッション3、2027年に予定されてますけども、これに影響を与えないようにどう改善するかが、我々のミッションだと考えています」

興味深いのは、打ち上げタイミングそのものは変更しない方針を明確にしていることだ。「ミッション3の打ち上げタイミング自体は今変更する想定はないんですけども、やはりミッション2で得たこの原因究明で、変更しなければいけないところが出てくると思いますので、それを具体的にはまだ決めきってはいないですけども、これから数か月かけて、しっかりと計画をしていきたい」

この発言からは、失敗を受けての慌てや絶望ではなく、冷静な分析に基づく戦略的判断が見て取れる。失敗は計画全体を遅らせる「終点」ではなく、改善のための「通過点」として位置づけられている。

二重の安全装置:ビジョンナビゲーション

袴田氏が語った技術的改善案は、具体的で説得力のあるものだった。まず一つ目は「センサー自体の検証の方法を変えていく」こと。そして二つ目が「センサー自体の種類や機能を変えていく」というアプローチだ。

特に注目すべきは、ミッション3・4で予定されている「ビジョンナビゲーションシステム」についての言及だ。「ミッション3、ミッション4は実は高精度な着陸をする予定になっているので、カメラを使った、いわゆるビジョンナビゲーションシステムを積んでおり、カメラの画像解析で正確に着陸制御していくんですけども、それとともに高度もある程度わかるようになる」

これは、レーザーレンジファインダーだけに頼らない、複数のセンサーによる冗長システムの構築を意味している。「レーザーレンジファインダーだけに頼らないセンサーシステムを作ることができます。そのため、センサーシステム作ることができるので、それでかなりの部分は改善すると思う」という袴田氏の言葉からは、技術的な自信が感じられた。

万博が示すグローバル戦略

インタビューの後半で、袴田氏は今回の万博出展の戦略的意味についても語った。「結構宇宙のコンテンツを取り扱っているパビリオンが多いという風に聞いてます。私自身は、実は今日初めて万博に来たのでまだ見られていませんが、宇宙(スペース)という分野は、やはり全世界との繋がりが非常に強いです」

特に印象的だったのは、グローバル展開への言及だ。「我々アメリカにも子会社がありまして、アメリカでもランダーやってますので、それも一応(アメリカのパビリオンの)映像では紹介されてるということで、そういう意味では、アメリカ市場にしっかりと食い込み、グローバルに事業を展開していることを示していると言えるでしょう」

この発言は、iSpaceが単純な日本企業ではなく、真のグローバル宇宙企業として成長していることを示している。失敗を経験した企業が、なお国際舞台で堂々とプレゼンスを示せるのは、その失敗を「学習の機会」として価値化できているからに他ならない。

ルクセンブルクとの「資源利用」ビジョン

袴田氏がルクセンブルクとの連携について語った部分は、特に示唆に富んでいた。「ルクセンブルクは2017年にスペースリソースイニシアチブとして、やはり宇宙資源の利用っていうのを大きくテーマとして、政策的にも重要視しているところで、我々のビジョンも宇宙資源を利用するってことがキーになってきますので、しっかりと、これからも連携していきたい」

具体的なプロジェクトとして挙げられたのが「MAGPIE」ミッションだ。「ヨーロピアンスペースエージェンシー(ESA)がリードしている案件で、ローバーのミッションでありますけども、我々、そのローバーの開発に、アイスペースヨーロッパ、ルクセンブルクの部隊が開発に関わっていて、で、それをできればiSpaceジャパンが開発しているランダーで輸送したいという風に思ってます」

これは、万博の展示でギヨーム皇太子が言及した「ルクセンブルクで作られたローバーと日本で作られた着陸船が再び一緒に歴史を作る」という言葉の具体的な実現形態を示している。

失敗を力に変える企業文化

このインタビューを通じて最も印象的だったのは、袴田氏の口から「失敗」という言葉が一度も否定的な文脈で使われなかったことだ。全ての「失敗」は「原因究明」「改善」「次のミッション」という未来志向の言葉と組み合わされて語られた。

これは偶然ではない。同日のルクセンブルクのギヨーム皇太子の言葉—「レジリエンス(回復力)はこの着陸船の名前だけでなく、重要な資質である」「宇宙でも人生でも、偉大な発見が即座に得られることは稀です。それらは忍耐、学習、そして勇敢なリーダーシップを通じて現れる」—と完全に軌を一にしている。

袴田氏とiSpaceは、パートナーであるルクセンブルクから学んだ「失敗の価値化」を、実際の企業運営に活かしているのだ。月面着陸の失敗は、決して終点ではない。それは、次の成功への確実な通過点として位置づけられている。

2027年のミッション3で、この「通過点」が本当に「成功への道筋」だったことが証明されるだろう。そのとき、2025年6月6日の「わずか数フィート」の失敗は、民間月面探査史における重要なマイルストーンとして記憶されることになるはずだ。


※このインタビューは2025年7月16日、大阪・関西万博ルクセンブルク館にて実施されました。


【ispaceの歴史と関連記事】

2010年9月:会社設立とGoogle Lunar XPRIZE参戦

  • 2010年9月 – 袴田武史CEOにより株式会社ispaceが設立される
  • 2013年 – Google Lunar XPRIZEに「HAKUTO」チームとして参戦開始(外部)

2017年3月:ルクセンブルク進出と国際展開

2018年:Google Lunar XPRIZE終了と新たなスタート

  • 2018年 – Google Lunar XPRIZEが勝者なしで終了、ispaceは独自路線へ転換(外部)

2023年4月:東証上場と初回月面着陸挑戦

2025年:ミッション2と再挑戦

2025年7月:ルクセンブルクとの戦略的連携継続

次なる挑戦:ミッション3・4への展望

  • 2027年予定 – ミッション3実施計画(本インタビューにて言及)
  • ESAとの協力による「MAGPIE」ミッション実施予定(本インタビューにて言及)

ispaceの15年間の歩みは、単なる技術開発企業から真のグローバル宇宙企業への成長物語である。Google Lunar XPRIZEでの挑戦から始まり、ルクセンブルクという戦略的パートナーとの連携、そして2度の月面着陸挑戦での「失敗」を通じた学習と改善—この軌跡は、民間宇宙開発の可能性と困難さを同時に物語っている。

【用語解説】

レーザーレンジファインダー – レーザー光を対象物に照射し、反射光が戻ってくる時間を測定することで距離を算出する装置である。月面着陸においては地表までの正確な高度測定に使用され、着陸船の減速制御に不可欠なセンサーとなる。

ビジョンナビゲーションシステム – カメラで撮影した画像をリアルタイムで解析し、地形や目標物を認識して航行制御を行う技術である。予め登録された地形データと照合することで、GPSが使用できない環境でも精密な位置制御が可能となる。

MAGPIE(マグパイ)ミッション
欧州宇宙機関(ESA)が主導する月面での水氷サンプリング・探査プロジェクトである。ルクセンブルクで開発されるローバーと日本のiSpaceが開発する着陸船の組み合わせにより、月の極域で水資源の採取と分析を行う国際共同ミッションとして計画されている。

宇宙資源利用
月や小惑星などの天体に存在する水、鉱物、レアメタルなどを採取し、地球での利用や宇宙での燃料・建設材料として活用する技術・産業分野である。将来的には宇宙における経済圏の基盤となることが期待されている。

月面着陸船(ランダー)
月の表面に着陸することを目的として設計された宇宙機である。着陸時の衝撃を吸収するためのエンジンや脚部を備え、精密な制御により「ソフトランディング」を実現する必要がある。

ローバー
月や惑星の表面を移動探査する無人探査車である。車輪やキャタピラで移動し、カメラや分析装置を搭載して地質調査や資源探査を行う。遠隔操作または自律制御により動作する。

Mare Frigoris(寒冷の海)
月の北半球に位置する月の海の一つである。「寒冷の海」を意味するラテン語で、実際には古代の溶岩流によって形成された平坦な玄武岩地域である。

【参考リンク】

ispace(外部)
袴田武史CEOが2010年設立した日本の月探査ベンチャー企業。HAKUTO-Rシリーズで民間初の月面着陸を目指し、2017年にはルクセンブルクに欧州本社を開設した。

ルクセンブルク宇宙庁(LSA)(外部)
2018年設立のルクセンブルクの宇宙政策実施機関。商業宇宙セクター支援、宇宙企業誘致、国際協力推進を担当し、現在80社以上の宇宙関連企業の拠点設立を支援している。

欧州宇宙機関(ESA)(外部)
22ヶ国が加盟する欧州の宇宙開発機関。人工衛星開発、有人宇宙飛行、惑星探査など幅広い宇宙プロジェクトを実施。ルクセンブルクは2005年に17番目の加盟国となった。

JAXA(宇宙航空研究開発機構)(外部)
日本の宇宙開発を担う国立研究開発法人。人工衛星、宇宙探査、国際宇宙ステーション運用など総合的な宇宙事業を実施。2024年6月にLSAとの協力覚書を締結した。

【参考動画】

ispace公式チャンネル – HAKUTO-R Mission 2関連動画(外部)
記事で言及されたミッション2の詳細や技術的解析、今後の計画について袴田CEOらが解説する公式動画シリーズ。失敗要因の分析結果も公開されている。

ルクセンブルク宇宙庁公式チャンネル(外部)
ルクセンブルクの宇宙戦略や宇宙企業誘致の取り組み、国際協力プロジェクトについて紹介する公式動画。宇宙産業エコシステムの全体像を理解できる。

欧州宇宙機関(ESA)公式チャンネル(外部)
ESAの最新宇宙プロジェクトや技術開発、国際協力の様子を高品質な映像で紹介。ルクセンブルクとの協力プロジェクトも含まれている。

【編集部後記】

袴田CEOのお話を伺って、「失敗を成長の糧にする」ということの真の意味を改めて考えさせられました。単なる精神論ではなく、具体的な技術改善と戦略修正に落とし込んでいく実践的な姿勢こそが、本当のレジリエンスなのかもしれません。

関西・大阪万博という国際舞台でのプレゼンテーション直後という、ご多忙な中にも関わらず、気さくに、そして情熱的にインタビューに答えてくださった袴田CEOには心から感謝申し上げます。失敗を隠すことなく、次への具体的な道筋を語る姿勢からは、真のリーダーシップを感じることができました。

皆さんの仕事でも、「失敗から何を学び、次にどう活かすか」という視点で振り返ってみると、新しい発見があるかもしれませんね。

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TaTsu
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