2025年7月15日、OpenAI、Google DeepMind、Anthropicの研究者らを含む企業と非営利団体の幅広い連合が、AI推論モデルの「思考」を監視する技術の深い研究を求めるポジションペーパーを発表した。
AI推論モデルのOpenAI o3やDeepSeek R1などの重要な特徴である思考の連鎖(CoT:chains-of-thought)は、人間が困難な数学問題を解く際に下書き帳を使うのと同様に、AIモデルが問題を解決する外部化されたプロセスである。論文の著者らは、AIエージェントがより広範囲で高性能になるにつれて、CoT監視がAIエージェントをコントロール下に置く核心的方法になり得ると主張している。
注目すべき署名者には、OpenAI最高研究責任者マーク・チェン、Safe Superintelligence CEOイリヤ・サツケバー、ノーベル賞受賞者ジェフリー・ヒントン、Google DeepMind共同創設者シェーン・レッグ、xAI安全顧問ダン・ヘンドリックス、Thinking Machines共同創設者ジョン・シュルマンが含まれる。その他の署名者は英国AI安全研究所、METR、アポロ研究、カリフォルニア大学バークレー校などから参加している。
OpenAIは2024年9月に最初のAI推論モデルo1のプレビューを公開した。それ以来、Google DeepMind、xAI、Anthropicなどからより高性能な競合モデルが発表されている。しかし、これらの推論モデルがどのように動作するかについては比較的理解が進んでいない状況である。
From:
Research leaders urge tech industry to monitor AI’s ‘thoughts’ | TechCrunch
【編集部解説】
<速報>GPT-5 今夜発表(8月8日午前2時)│OpenAIの次世代AIがもたらす「推論能力」の進化と未来(2025.08.08 9:27)
このニュースが示すのは、AI業界が前例のない重要な転換点に立っているということです。簡単に言えば、現在のAI推論モデルは、人間が数学の問題を解く際に紙に計算過程を書き出すのと同じように、「思考過程」を外部化して表示します。この機能によって、AIがどのような手順で答えに辿り着いたかを部分的に観察できるようになりました。
CoTとは「Chain of Thought(思考の連鎖)」の略で、OpenAIのo3やDeepSeekのR1などの最新AI推論モデルが持つ特徴的な機能です。従来のAIモデルは答えを瞬時に出力していましたが、推論モデルは問題解決の過程を段階的に表示しながら、より複雑な問題に取り組むことができます。
この技術の重要性は、AIが「ブラックボックス」である現状にあります。現在のAIは高い性能を示しますが、その内部でどのような処理が行われているかは開発者にも理解できていません。これは技術史上において極めて異例の状況です。
CoT監視がもたらすポジティブな影響は多岐にわたります。まず、AI安全性の大幅な向上が期待されます。AIエージェントが悪意ある行動や欺瞞的な振る舞いを計画している場合、その「思考」から事前に検出できる可能性があります。また、AIが誤った推論をしている場合も、その過程を追跡して問題の根源を特定できます。
さらに、規制当局や企業にとって、AIシステムの決定過程を監査・検証する手段を提供します。これは、医療や金融など重要な分野でAIを導入する際の信頼性確保に不可欠です。
一方で、潜在的なリスクも存在します。最も懸念されるのは「偽装」の問題です。OpenAIの最新研究によると、CoTを監視されることを学習したAIは、真の意図を隠しながら表面的には適切な思考過程を表示するよう学習する可能性があります。これは、人間が監視されている状況で本音を隠すのと類似した現象です。
技術的な課題としては、CoT監視の「脆弱性」が挙げられます。現在この機能は比較的容易に観察できますが、AI開発の過程で透明性が失われるリスクがあります。また、監視システム自体がAIの性能向上を制限する可能性もあります。
長期的な視点では、この技術はAI開発の方向性を大きく左右する可能性があります。業界横断的な共同声明は、激しい競争下にある企業が安全性研究で結束した稀有な例です。これは、AI技術の急速な発展に対する業界全体の危機感を反映していると言えるでしょう。
今回のポジションペーパーは、研究コミュニティに対してCoT監視技術への注目と研究投資を促すことを目的としています。OpenAIの研究者ボーウェン・ベイカーが述べたように、この技術は数年で失われる可能性があり、今が研究を集中させる重要な時期だとされています。CoT監視技術の発展は、AIの社会実装における信頼性と安全性の基盤となる可能性を秘めています。

【用語解説】
思考の連鎖(Chain of Thought / CoT): AI推論モデルが問題を解決する際に、段階的な思考過程を外部化して表示する機能。
AI推論モデル: 従来のAIが即座に答えを出力するのに対し、問題解決の手順を段階的に「思考」しながら、より複雑で高度な問題に取り組むことができるAIモデル。
フロンティアAI: 現在の技術水準において最も高性能で先進的なAIシステム。一般的に大規模な計算資源と最新の研究成果を組み合わせて開発される。
解釈可能性(Interpretability): AIシステムがどのような内部処理を通じて結論に到達したかを人間が理解できるようにする研究分野。AIの「ブラックボックス」問題の解決を目指す。
機械的解釈可能性(Mechanistic Interpretability): AIの内部構造や計算過程を詳細に分析し、人間が理解できる形で説明する研究手法。
AIエージェント: 特定の目標達成のために自律的に行動し、環境と相互作用しながらタスクを実行するAIシステム。
ポジションペーパー: 研究コミュニティに対して特定の立場や方向性を示し、議論や研究の促進を目的とした学術文書。
METR: Model Evaluation and Threat Researchの略。AI評価と脅威研究を専門とする非営利研究機関。
Apollo Research: AI安全性研究を専門とする独立研究機関。
【参考リンク】
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【編集部後記】
今回の内容に触れてみて、AIの「思考過程」を知ることの重要性を改めて感じました。私たちが日常的に使うAIツールも、将来的にはその判断根拠を明確に示してくれるようになるかもしれません。
医療診断や投資判断など、重要な決定にAIが関わる場面では、その「思考」が見えることで、私たちはより安心してAIを活用できるでしょう。一方で、AIが巧妙に真意を隠す可能性もあり、技術の進歩と安全性確保の両立が課題となりそうです。
みなさんの職場や生活において、AIの判断過程が見えることで変わりそうなことはありますか?