2025年6月30日のMeta Superintelligence Labs設立発表の背景で、同社内に深刻な哲学的相違が浮上している。マーク・ザッカーバーグCEOが「超知能の開発が視野に入った」と宣言する一方、チーフAIサイエンティストでチューリング賞受賞者のヤン・ルカンは従来から「猫レベルの知能すら非常に遠い」と主張しており、楽観的な超知能タイムラインと対照的な見解を示している。
この相違は、AI開発の根本的アプローチにまで及んでいる。ザッカーバーグは6月中旬にScale AIに143億ドルを投資し49%の株式を取得(企業価値290億ドル)、OpenAI研究者を最大1億ドルで引き抜く人材戦略を展開。一方、ルカンは現在の大規模言語モデルアプローチに懐疑的で、物理世界を観察する「世界モデル」手法を提唱している。
さらに深刻なのは、Metaの看板政策だったオープンソース戦略の見直しだ。ルカンが一貫してオープンソースAIを擁護する中、ザッカーバーグの超知能メモには一切の言及がない。ニューヨーク・タイムズによると、内部ではLlamaへの「脱投資」まで検討されている。
この戦略的方向性の模索は、中国企業DeepSeekがMetaのオープンソース技術を活用してより優秀なモデルを構築したことで一層複雑化している。
From:
Meta’s AI teams are caught between competing visions
(関連記事)Meta Superintelligence Labs設立発表
【編集部解説】
MetaのSuperintelligence Labs設立は表面的には前進に見えるが、その裏で起きている社内の方向性の違いこそが、AI業界の未来を左右する重要な示唆を含んでいます。
ザッカーバーグ vs ルカン:相容れない二つの世界観
この相違は、AI開発における「速度重視 vs 基礎研究重視」という根本的な価値観の違いです。ザッカーバーグは競合他社との差を埋めるため、巨額投資による短期的成果を求めています。一方、ルカンは現在のLLMアプローチそのものに懐疑的で、より長期的で革新的な研究方向を主張しています。
オープンソース戦略の根本的危機
特に深刻なのは、Metaのアイデンティティとも言えるオープンソース戦略の揺らぎです。DeepSeekによる技術活用は、技術公開のリスクを如実に示しました。自社技術を基盤に他社が優秀なモデルを構築するという状況は、テクノロジー企業の戦略立案に重要な教訓を与えています。
人材獲得戦争の激化
最大1億ドルという破格の報酬は、AI人材市場の異常な加熱を物語っています。この人材戦略がルカンの科学的アプローチと方向性を異にすることは明らかで、社内での方向性の模索を深める要因となっています。
異なるAI開発哲学の共存
注目すべきは、ルカンが超知能自体を否定しているわけではなく、「人工超知能は常に願望と長期目標として意味をなしてきた」と述べていることです。争点は「いつ、どのように実現するか」という手法論にあります。
業界全体への波及効果
Metaの内部での方向性の違いは、AI業界全体に影響を与える可能性があります。オープンソース vs クローズドソース、基礎研究 vs 応用開発、長期戦略 vs 短期成果——これらの選択が企業の命運を分ける時代に突入しています。

【用語解説】
超知能(Superintelligence)
人間の認知能力を全ての領域で上回る仮想的なAIシステム。AGI(汎用人工知能)を超える概念として位置づけられる。
AGI(汎用人工知能:Artificial General Intelligence)
特定のタスクに特化した現在のAIとは異なり、人間レベルの認知能力を持つAIシステム。あらゆる知的タスクを人間と同等以上に実行できる。
LLM(大規模言語モデル:Large Language Model)
大量のテキストデータで訓練された巨大なニューラルネットワークモデル。ChatGPTやGeminiなどが代表例。
FAIR(Fundamental AI Research)
Metaの基礎AI研究部門。2013年にヤン・ルカンが初代ディレクターとして設立。基礎的なAI研究に従事している。
世界モデル(World Models)
ルカンが提唱するAI手法。テキスト処理ではなく、物理世界の観察を通じて学習するアプローチ。現在の言語モデルとは根本的に異なる。
RLHF(Reinforcement Learning from Human Feedback)
人間のフィードバックを活用した強化学習手法。AIモデルの安全性と有用性を向上させるために使用される。
チューリング賞
コンピュータサイエンス分野の最高峰の賞。「コンピュータ界のノーベル賞」と呼ばれる。ヤン・ルカンは2018年に受賞。
【参考リンク】
【参考記事】
【編集部後記】
MetaのCEOと最高科学者が異なるAI開発ビジョンを持つという状況を、皆さんはどうご覧になりますか?企業のトップが異なる手法論を持つことは健全な議論の証拠でしょうか、それとも組織としての方向性が定まらない課題でしょうか。また、143億ドルの投資と最大1億ドルの人材獲得が、本当に技術革新につながるとお考えでしょうか。AI開発における「短期成果 vs 長期研究」「オープンソース vs クローズドソース」という根本的な選択について、会社としてどのような方針になるのか、今後の動向も要チェックですね。