NokiaとWEARTが2025年7月8日から11日まで韓国・水原で開催されているIEEE World Haptics Conferenceで、仮想環境における熱ハプティクス技術の研究開発成果を発表した。Nokiaは導電率ベースの熱ハプティクスモデルを開発し、仮想環境での動的な熱伝達を可能にする技術を研究している。この技術により、ユーザーは触覚のみで仮想素材を識別できるようになり、視覚的に同一のオブジェクトを分類するタスクが可能になる。
会場では、来場者がXRヘッドセットとWEARTのTouchDIVER Proハプティクスグローブを着用し、仮想空間で熱い物体や冷たい物体の温度を体感できるデモンストレーションを実施している。TouchDIVER Proは重量200グラムの軽量設計で、5つの指先と手のひらの6つの作動点を持ち、15℃から42℃の温度範囲を生成可能である。Meta Quest、Pico、HTC、Windows Mixed Realityの各ヘッドセットと互換性があり、UnityおよびUnreal Engine SDKをサポートする。デバイスには22種類の使用可能なオプションを持つテクスチャライブラリが含まれている。
Nokiaは過去30年以上にわたってマルチメディア技術に貢献し、5,000を超えるマルチメディア発明を創出している。同社はハプティクス標準化の技術貢献者として、将来のXRデバイス間の相互運用性確保に取り組んでいる。
From:
Nokia, WEART to Revolutionize Virtual Interaction with Thermal Haptics
【編集部解説】
技術的な背景を整理すると、今回発表されたのは単純な振動や力のフィードバックではなく、「熱伝導」を利用した新しいハプティクス技術です。従来の仮想現実では、オブジェクトの温度は固定値として設定されることが多く、リアルな熱の移動を再現できませんでした。
Nokiaが開発している導電率ベースの熱ハプティクスは、物理法則に基づいて材料間の熱移動を計算し、動的な温度変化を再現します。例えば、仮想の焚き火に近づくと徐々に温かくなり、木製の棒を持つと炎に近い部分は熱く、手で持つ部分は涼しいという温度勾配を体感できるのです。
このような技術が実用化されることで、医療トレーニングや産業教育の分野で大きな変革が期待されます。外科手術のシミュレーションでは、組織の温度変化を感じることで手術技術の向上につながり、製造業では材料の識別作業をより正確に行えるようになります。
一方で、TouchDIVER Proの価格は1ペア4,900ユーロ(約80万円)と高額であり、現時点では研究機関や企業向けの製品と考えられます。消費者向けの普及には、コスト削減と技術の標準化が重要な課題となるでしょう。
また、体に熱刺激を与える技術には安全性の配慮も必要です。15℃から42℃という温度範囲は人体に安全とされていますが、長時間の使用や個人差による影響については慎重な検証が求められます。
Nokiaが強調するハプティクス標準化の重要性は、今後のXR産業全体の発展にとって極めて重要です。異なるメーカーのデバイス間でハプティクス情報を共有できるようになれば、より豊かなマルチモーダル体験が可能になり、XR技術の普及を加速させる可能性があります。
長期的な視点では、この技術は人間の感覚拡張という新しい分野を開拓する可能性を秘めています。視覚や聴覚に続く第三の感覚として触覚が本格的にデジタル化されることで、従来の物理的制約を超えた新しい体験やコミュニケーション手段が生まれるかもしれません。
【用語解説】
熱ハプティクス(Thermal Haptics):温度変化を利用してユーザーに触覚フィードバックを提供する技術。従来の振動や力によるフィードバックに加え、熱・冷感を再現する。
導電率ベースの熱ハプティクス:材料の熱伝導率を物理法則に基づいて計算し、動的な熱移動を再現する技術。固定温度ではなく時間経過とともに変化する温度を体感できる。
XR(Extended Reality):VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)を総称した用語。現実と仮想の境界を超えた体験を提供する技術群。
作動点(Actuation Point):ハプティクスデバイスにおいて、力や温度フィードバックを生成する具体的な位置。TouchDIVER Proでは指先5箇所と手のひらの6箇所。
ハプティクス標準化:異なるメーカーのハプティクスデバイス間で互換性を確保するための技術標準の策定。将来のXRエコシステムの基盤となる。
【参考リンク】
Nokia(ノキア)(外部)
フィンランドの通信機器メーカー。5G技術とマルチメディア技術開発で知られる
WEART(ウェアート)(外部)
イタリアのハプティクステクノロジー企業。TouchDIVERシリーズを開発
IEEE World Haptics Conference 2025(外部)
ハプティクス分野の最高峰の国際会議。韓国・水原で開催
TouchDIVER Pro購入サイト(外部)
WEARTの公式オンラインストア。TouchDIVER Proの仕様と価格を確認
IEEE(電気電子技術者協会)(外部)
世界最大の技術専門組織。ハプティクス技術の標準化を推進
【参考動画】
【参考記事】
Feel the future: Exploring thermal haptics in Extended Reality(外部)
Nokia公式ブログ。導電率ベースの熱ハプティクス技術の詳細解説
WEART introduces the new TouchDIVER Pro haptic glove(外部)
WEART公式プレスリリース。TouchDIVER Proの技術仕様と価格情報
【編集部後記】
皆さんは、仮想空間で「温かさ」や「冷たさ」を感じることができるようになったら、どのような体験をしてみたいでしょうか?医療訓練での手術シミュレーションでは、患者の体温を感じながら処置を行えるようになり、製造業では材料の特性を触覚で判断できるようになります。ただし、現在のTouchDIVER Proは約80万円と高額で、まだまだ研究開発段階です。
この技術の研究開発が進み、一般のユーザー層にも広がるようになればゲームやメタバース分野のインタラクティブ性も高まりそうでワクワクしますね!